第39話 美少女は愛でるだけでいい

「エリ、大丈夫か……?」


 ソファーに座っている私に、アルスが心配そうに尋ねてきた。

 さっき泣いていた所を見たら、そりゃあそうなるよね。


「うん……何とかね。ありがとう」


 さっきよりかはだいぶマシになっている。泣いた事で色々と発散出来たのかも。

 私は優しくアルスの顎下を撫でた。グルルル……とちょっと唸る所、何だが子猫みたい。面白いなぁ全く。


「はい、出来上がりました。こちらを飲んで一日安静して下さい」


「あっ、どうも……」


 一方、ユウナさんから粉薬をもらうお兄ちゃん。


 ユウナさんはモンスターだけじゃなく人の治療も出来る。

 なんだけど、額を触れ合っただけで症状が分かるってのが凄い。

 

「ユウナさんってもしかして医者か何か?」


「はい。まだ卵なのですが、こうして人やアルス様といった幻獣の医療を務めています。もし何かありましたら遠慮なく言って下さいね」


「……あっ、ああ……」


 お兄ちゃんがそのまま粉薬を飲み干した。

 すぐに水で流し込むと、私に手招きしてくる。


「瑛莉、ちょっといいか?」


「ええ……」


 今アルスと戯れているんけどな……。

 仕方ないので、アルスに断ってから居間を出てみると、


「瑛莉……どうしよう……ユウナさんを見るとギンギンになる」


「うん、キモいよ」


「ああいや言い間違えた!! ドキドキするんだった!! 何と言うか、彼女の笑顔を見たらそう思ってさ……」


 確かにユウナさんの笑顔はまぶしい。お釣りがくるほどだ。

 でもあの人はメロ君の告白を突っぱねたし、そもそも……


「あの人はあくまで別世界の人だよ。多分こっちで彼氏作らないと思う」


「ああ、分かっている。さすがにユウナさんと俺じゃあ釣り合わないはずだ。だからそばにいて愛でるだけでいい」

 

「それはそれでキモい」

 

 まぁ、本人が納得するなら別にいいか。

 そう私が思った時、玄関から呼び鈴が鳴り出した。それを聞いて「はーい」と、二階からお母さんが降りてくる。


「お待たせしましたぁ、ピザットです」


「はいご苦労様です! 瑛莉ちゃん、財布持ってきて!」


「ああ、うん」


 お母さんが配達ピザを頼んだのだ。私の元気を出す為にとか……そこまでしなくても大丈夫なのに。

 でもそうしてくれたのは本当に嬉しい。私達は支払いを済ませた後、ピザを居間に持っていった。


「これなんだ?」


「アルスちゃんは初めて? これはね、ピザって言うの。ユウナちゃんも食べて食べて」


「ええ、いただきます」


 お母さんとお兄ちゃん、そしてユウナさんもテーブルに座る。そこに三つのピザを並べた。


 一つ目はピザットオリジナルの『ピザット』(そのまんま)。乗っているのはトマト、サラミ、ピーマンとオーソドックスだけど、真ん中に半熟の目玉焼きが乗っている。


 二つ目はお兄ちゃんが大好きという『マルゲリータ』。


 そして三つ目が私が好きな『照り焼きチキン』。


「どれでも好きなの食べてね! あとハル、好きだからってマルゲリータを独り占めするのは駄目よ?」


「わぁってるよ。ユウナさん、これよかったらどうかな!? チーズたっぷりで結構美味いと思うんだ!」


「よろしいですか? ではこちらを……」


「どうぞどうぞぉ」


 ピザを取ろうとするユウナさんに対して、お兄ちゃんがわざとらしくニコニコ。早速さっきのを有言実行しているようだ、この童貞。

 それよりもピザだピザ。もうお腹がピザを求めているよ。


「アルスもよかったら食べて。この照り焼きチキンがオススメなんだけど」


「うん、いただきます。…………あつっ!」


「ああ気を付けて! 結構チーズが熱いから」


「ハム……あっち。でも何だこれ、美味い……! まろやか風味とこってりとした味付けが非常に合っている! こんな素晴らしい味はまたとない体験だ!」


 語彙力ごいりょくアップしてる!? 今のあなた、グルメリポーターになっているよ!?

 でも美味いって事になるから安心したな。私も照り焼きチキンを一口……うん、久々に食べたけど本当に美味しい。こんがり焼けたマヨネーズも中々。


 そんな私を見ながら、ユウナさんもマルゲリータを切り取った。その端からチーズが蕩け落ちる。


「キャッ、うわっ、落ちてしまう……。あむ……なるほど、元の世界のチーズとほとんど同じですね。美味しい……」


 チーズを口で受け止めるんだけど、その端っこからチーズが垂れて……


「……瑛莉、ちょっといいか?」


「うん……」


 お兄ちゃんに言われてもう一回居間を出た。

 多分考えている事は一緒のはず。


「……ユウナさんエロいな」


「私もそう思った……歩くエロだよあれ」


「もう一回トイレに行っていい?」


「勝手にすれば?」

 

 はっきり悪態吐くけど、やっぱりお兄ちゃんと私は血を争えないみたいだ。




 -------------




《彩夏side》


 あれから一日が経った。


 私は部屋で缶ビールを飲みながら、好物のあたりめを食べていた。なんというか、それ以外にする事がない。

 今日も有給をとっているから、どっか本屋とか寄るつもりだった。だけど、今はそんな気にもなれなかった。


「……姉さん、これからどうするの?」


「んあ?」


 私の元に誠がやってくる。

 友達の家に泊まっていたんだけど、今日になって帰ってきた。奇しくもが起きた後にだ。


 そいつが困り果てた顔をしているのを見て、私は目を逸らす。


「沢口ちゃんの事? それはあの子が決める事よ。私達がどうこうするつもりはない」


「それはそうかもしれないけど……でもだからってこれは……」


「……ふん」


 そうやって私を責めて……。


 確かに昨日、私は沢口ちゃんにアルスを返してこいと言った。その後、ある人から実家に向かったと聞いている。それも悲しそうな顔をしながらと。

 間違いなくショックを受けていたはずだ。何か結構仲良かったらしいから、そういう事なんだろう。


 そもそもこう言ってくる誠もモンスターを隠していた。あれが動物なのかは微妙だけど、それでも同罪者である事は変わりがない。


 ただそれを口にはしない。言い争えるほど元気じゃないし、気持ちが収まるまではこうしてダラダラするつもりである。


「…………」


 缶ビールを飲み干した後、新しい奴に手を付けた。


 でも持ったのはいいけど、何故か開けようと思わなかった。もう腹がいっぱい? 

 いやこれで七杯目だよ、まだまだ行ける。


 なのになんで、酒を飲みたいという気持ちが出てこない?


 やっぱりあれだろうか、罪悪感があるんだろうか。確かに酷く言い過ぎたとは思っているけど、だからといってこんな気持ちになるなんて。


「姉さん?」


「……ちょっと外に行ってくる。すぐに戻るわ」


 何かそわそわする。しばらく外を歩き回ろう。そうすれば気が紛れるかもしれない。

玄関を出て階段を降りる私。するとそこに声を掛けられた。


「おお、大家さん」


「……ん、長谷田さん」


 階段に長谷田さんが座っている。沢口ちゃんを目撃して、私に伝えたのはこの人だ。

 まるで待っていたとばかりに、銀色の缶のような物を差し出してくる。確か『スキットル』って名前だったか。


 断るのもあれなので、私はスキットルをもらって隣に座った。


「その……さっきは沢口ちゃんの事ありがとうございます。ちょっと気にはなっていたので……」


「何、どうって事はないよ。しかし大家さんと喧嘩とは珍しいもんだな。割とそういったのは好きじゃないと思ったんだがな、あの子」


「別に喧嘩とかじゃ……」


 まだアルスの事を話していないから、喧嘩と解釈しているようだ。今の所はそう思った方が賢明かもしれないけど。

 もらったスキットルを飲んでみると、結構喉に来る。これ、絶対にアルコール度が高いぞ。


「随分と来ますね。もしかしてウイスキーのストレート?」


「よく分かったな。ストレートってのは喉に染みて最高なんだぞ。最初の方は辛く感じるけどな」


「うーん、私としてはアレですかねぇ」


 度が高いのは飲みにくいんだよね。やっぱビールが最強だわ。


 ……なんて事を考えている場合じゃないよね。今、私の中は鬱屈とした気持ちでいっぱい。ウイスキーを飲んだだけで晴れる事はないみたいだ。


 酒は万能とか聞いた事あるけど、どうも迷信みたいだ。やれやれ。


「あまり突っ込むべきじゃないと思うけど、よかったら聞かせてくれないか? 喧嘩の経緯」


「えっ?」


 長谷田さんにアルスの事……いや絶対「何言ってんだあんた」的な目で見られるのがオチだ。

 ここはその日が来るまで隠しておこう。


「ちょっとあの子が隠し事をしてまして……それで『それをやるとアパートの皆が真似をする』って言ったもんで」


「なるほど。もしかしてアパートの規則に反する物だったんか?」


「……それが微妙なんです。微妙過ぎて別にいいかもと、一瞬思ったりもしました。今でも整理が付かなくて……」


「そうか。だったら一回話し合った方がいい」


「……話し合って?」


 長谷田さんの即答に、私は思わず目を丸くする。


「多分大家さんは勢い任せで言ってしまったんだろう。規則に反するのか微妙なら、もう一回話し合って決めた方がいい」


「……そうですかねぇ」




「その通りだ。今のままじゃあ沢口が可哀そうだ」


 今度は長谷田さんじゃない。

 そう言ったのは、どこからか現れたアパートの住人男性だ。


「全くだ。きっとこの後、大家も沢口も後悔するはずだ。一回だけでも話し合うべきだろ」


「そうだそうだ。これでいいのかよ大家?」


「大家!」


「大家さん!」


 また一人、また一人と住人が集まってくる。そうして私を促してくる。


 ちょっとすいません。あんまり話してなかったのに、何で皆この時だけ団結してんの? そういうギャグ?


「どうする。大家さん?」


「…………」


 連中の方はとりあえず置いとこう。

 今、私は何をするべきなのか。沢口ちゃんに対してどうするべきなのか。


 私は……

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