成長記録 八日目
第37話 悲鳴上げ、この瞬間に、悲鳴上げ
私達は七月末までバイトしていた。
大変と言えば大変だったけど、以前と比べてお客さんの数は多くなかった。そんなに来ても困るけど。
ともあれ最後のバイトが終わった時、メロ君から給料をもらう事が出来た。
「はい、お二人ともお疲れ様でした。中開けてもいいですよ」
封筒を開けて確認。入っていたのは二万円弱。
まぁまぁな値段。それにそんな長く働いてなかったから妥当だ。
半分は家賃とかに使って、残り半分は趣味とかかな。やっぱり働いた後にお金が出るというのは嬉しい。
そしてバイト終わってから数日後、八月に入りました。
「エリ、すっごく気持ちいい」
「本当? よかったぁ。まだ時間あるからそれまで楽しんでね」
「うん」
今、アルスがプールを楽しんでいた。
それも幼児専用のイージーセットプール。直径2メートル弱、高さ70センチの奴。これは実家にあった物を配達させた物だ。
本当は市民プールとかに行きたかったんだけど、人のいる場所にアルスを連れて行く事は出来ない。
そこで幼児プールでアルスを楽しませようとした訳だ。
「エリ、見てみてー」
「おお、泳ぎ上手い! 何か映画の怪獣みたい!」
「かいじゅう?」
プールの中で、アルスが華麗に泳いでいた。
尻尾をくねらせたりしている所がマジで怪獣だ。
「プールに行けないのは残念ですが、アルス様が喜んで下さって何よりです」
「そうだね。もうちょっと広かったら私達も入れたんだけど」
そのプールはあまりにも小さい。
なのでアルスだけ泳がせて、私とユウナさんは見守る事に。
「いえ、アルス様が楽しんで下さればそれで。それにこの服では入る事は出来ません」
「まぁ、水着はないからねぇ」
「全くですよ。プールだというのに、うら若きあなた方が水着着ないなんてもったいない。これは由々しき事態です」
「とか言っちゃってるけど、それなりに気に入ってるよねメロ君?」
そうそう、プールに入っているのはアルスだけじゃない。メロ君もだ。
というかプールはビランテの中に設置している。最初アパートの敷地でやろうと思ったけど、それは他の人にバレると断念。
それで設置してくれたメロ君に、お礼としてプールに入ってもらっている。
彼はサングラスとトランクス一枚でくつろいでいた。……サングラスは別にいらない気がするけど。
「最近暑いから、プールありがたいんですよねぇ。でもやっぱりお二方の水着が――」
「はいはい。ところでどうアルス? 気に入った?」
「うん、中々。ゴクゴク……」
「あっ、飲んじゃ駄目だよ。メロ君と一緒に入っているんだから」
「その言い方、まるでワタクシがいるから駄目って感じですね……」
いきなりアルスが水を飲んでしまった。メロ君の汗とか入っているけど大丈夫かな……。
ただ水を含んだ顔をメロ君に向けて、
――プシャアア!!
「のわっ!? やっぱりそうなる……ブボボ!?」
思いっきり噴射。
アルスにとっては遊んでいるだろうけど、メロ君にとっては災難だな。
「アババ……そうだ! アルス!」
「?」
急にメロ君がアルスの顔を掴む。
そのままユウナさんに向けると、水が服に掛かってしまった。
「キャッ!」とビックリするユウナさん。一方で服が濡れて、大きい胸と純白なブラが……。
「ウホッ、透けた胸元……素晴らしいですな」
「うん……ってそうじゃなくて!! ユウナさん大丈夫!?」
一瞬同意してしまった私が馬鹿だった!!
ユウナさんの方は胸元を隠しながら真っ赤にしていた。
「だ、大丈夫ですよ……乾けば何とか……」
「その恥じらいも中々……」
「メロ君は黙って!?」
これ以上言わせたら私まで同意しちゃうわ!
-------------
なんやかんやとあったけど、気が付くと三時頃になった。そろそろアパートに帰る時間だ。
プールを片付けた後、メロ君にお礼を言ってから帰宅。ビランテを出れば暑い日差しがお出迎え。
それでアルスは私達と一緒に……というか、建物の屋根から屋根に飛び移っていた。植木鉢がなくなってからこうして移動するようになったらしい。
何かたくましくなったとは思う。
でも一方で寂しくなったとは思う。
前までは私に運ばれていたのに、いつの間にか一人でああするようになった。何だが複雑な気分になってしまう。
でも紛れもなく成長の証なんだから、嬉しいと言えば嬉しいけど……。
「……瑛莉……瑛莉!」
「えっ? 何?」
「いえ、何かボォーとしていたのですから……」
「あっ、ごめん……」
考え事のし過ぎだったみたいだ。
見上げると、屋根にいたアルスが心配そうな顔をしていた。私は大丈夫と手を挙げると、またその子が屋根を飛び移る。
「あの、どうかしました? 日差しの影響とか……」
「ううん、それは関係ないと思う。ただ、最近アルスがリュックに入んなくて寂しいなぁって」
「はぁ、なるほどですね」
アルスを見上げながら歩道を歩く。
ユウナさんも同じように見ていたけど、ふと何でか、思い出したみたいに微笑む。
「それだけ、あの方が成長しているという事になりますわ。きっと瑛莉は子離れした親御さんの気持ちになっているはずです」
「子離れ……どちらかと言えば、仕事で忙しくなった彼氏に寂しがっている女の人って感じかも……」
彼氏と一時的に離れた女性って、多分こんな気持ちなんだろうなぁと思う。
ほんと、私っておかしい奴……いや違う。こういう正直な所があっていいはずなんだ。誰にも分からなくてもいい。
この気持ちは私一人だけ堪能すればいいんだ。誰にも渡さない。
「寂しがってる?」
「なーんでもない。ただの独り言」
「……フフッ」
何故かユウナさんがクスリ笑いする。
何かおかしなこと言ったかな。
「ユウナさん?」
「いえ、大丈夫です。ところで今日は私が夕ご飯を作りますけど、よろしいですか?」
「えっ、いいの? じゃあお願いしようかな」
ユウナさんがご飯を作るのは、これで初めてではない。何回か料理を作っては私達を驚かせた物だ。
ただの料理ではなく、異世界の料理をこっちの食材で再現した物という。前の鶏肉とライスの合わせなんか特に……また食べたくなったなぁ。
ともかくとしてアパートが見えてきた。アルスはベランダに到着し、あらかじめ開けた窓から部屋に入った。
私達もその後に続く。
「ふぅ、暑かった。それにしても今のベランダ、森様のお姉様に見られたら大変ですね」
「まぁ隣同士だし。でも今日は仕事だって誠君言ってたから大丈夫だよ」
森さんは大家さんでもあるんだけど、同時に会社のOLをやっている。今でも仕事をしているはずだ。
ちなみに誠君は今、友達の家に泊まりに行っている。
「それもそうですね。ではすぐに作りますので、瑛莉は部屋でお待ち下さい」
「あれ、よかったら手伝うけど」
「いえ、今まではそうしてきたので、今度は私一人やります。それに瑛莉にはお世話になっていますので」
「そう? じゃあお願いします……」
そこまで言われたら。
ユウナさんは割りと家事頑張ってるから、お世話しているのかはよく分からないけど。
料理やれないならプール乾かすか。
ひとまずベランダのある部屋に行った所、アルスが仰向けに寝転がっていた。
どうやら昼寝しているみたいだけど……。
「部屋あっつ……アルス、クーラー付けてないけど大丈夫?」
「……うん、何とか……グウウ……」
かなり暑いのによく耐えているなぁ。植物だからかな。
まずクーラーを付けよう。それから風邪を引かないように掛け布団を掛けなきゃ。なるべく邪魔しないよう、そっと身体の上を羽織らせる。
そのまま仕事に戻ろうと思ったけど、何か急に頬をつつきたくなった。寝ている子にはこうしてやる。
――ツンツン。
反応はなし。
ほんと、寝ている時は無防備だ。そんなんじゃ襲われても……知らないんだから。
「……ング」
唾を呑んでしまった。緊張したらそうなるって本当だったんだなと。
じわりと感じる自分の汗。何だがイケない事をしているような……でも何だが悪い気がしない。
夢中になってアルスに覆い被さるようにして、夢中になってアルスを両手を握って……ユウナさんがいるんだけど、もうどうでもいい。
欲しい……。
それしか頭になくて、私はアルスへと顔を近付けて…………
『………………』
「………………」
『……ああ……どうぞ続けて下さい……』
ベランダを見ると森さんが覗いていた。
悲鳴上げ、この瞬間に、悲鳴上げ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます