第36話 知らないでいてくれてほしい

「掃除はその辺で大丈夫です。いやぁ、今日はお疲れ様でした」


 バイト終了の時間になった。


 接客が終わってから部屋の掃除をしていたので、もうぐったり状態。私も誠君も汗まみれだ。

 特に重い植木鉢をどかしたりとか、めっちゃきつかった……。


「お疲れ……。それよりもユウナさん、あれでよかったかなあ……」


「何かもう逃げるように帰っちゃったもんねぇ」


 メロ君の告白を断った後、ユウナさんが顔真っ赤に帰ったものだ。


 もっともスタイルの事を公開処刑されるわ、その上で告白されるわで無茶苦茶だった。私だったら泣き寝している所だ。

 むしろあそこで平然としていたら、それはもう感情がないとも思ってもいい。


「ワタクシとしては恥じらいが見れたのでよかったですけどね。やっぱあの人可愛かったですわ」


「うわ、ひど……でも否定は出来ないかも」


 確かに可愛かったなぁとか一瞬思ってしまった。

 いつも真面目な人が顔を赤くする所って、エモいというか何と言うか。


「ともあれ今日の仕事はこれで終了です。八月中に給料をお渡し出来ると思いますので、どうか次も頑張って下さればかと」


「うん、期待しておく。じゃあそろそろ帰るから」


「ええ、帰りにはお気を付けて」


 私達はビランテを後にした。


 ふぅ、何だが疲れたぁ。今日は異世界文字の翻訳とか私の暴走とか色々あり過ぎた。

 家に帰ったらアルスと戯れたい。


「あの日記、そんなにアルスの事書いてなかったね」


「……ああ、そうだったね。ユウナさんの件で忘れていたなぁ」


 結局の所、アルスの情報はそんなに入手出来なかった。

 残念と言えば残念だけど、要は日記に書くほどの情報がないという事かもしれない。メロ君にとってアルスはただのモンスターなんだ。


 成長後の姿は分からないけど、恐らくは妙な事にはならないはず。


 ひとまずはそう思いたい。メロ君は色々アレだけど私の友達だ。彼を信じたい。


「突き止めるのはあの辺で終わりにするよ。メロ君にも失礼だしね」


「そう? まぁ沢口さんがそう言うなら……」


 誠君がそう言った後、目の前にアパートが見えてきた。


「じゃあ誠君、また今度」


「うん、お疲れ様」


 玄関を開けると懐かしい我が家。……懐かしいってほどじゃないけど。ともかく冷房の涼しさがなんとも気持ちいい。


 と、そこにアルスがパタパタとやってくる。


「お帰りエリ、仕事お疲れ様」


「ただいまぁ。ところでユウナさんは?」


「この物置にいる。なんか顔真っ赤にしていた」


 あちゃー、さっきまでのダメージまだ残ってたか。

 玄関近くの物置に入るなんて余程だろうな……。


「えっと、ユウナさん大丈夫?」


「……ええ、大丈夫です。もうしばらくしたら出ると思いますので……」


「う、うん……後でかき氷作るからね……」


 物置って暑そうだけど、一応うっすら開けているから大丈夫かな。

 とりあえずユウナさんが落ち着くまでそっとすべきか。


「……エリ、ちょっと屈んで」


「ん?」

 

 アルスに言われて屈んだ所、その子が顔を近付けさせた。

 何だろうといぶかしんでいたら、


「ひゃ……やだ、別に大丈夫だって……」


 甘噛み……私の頬に甘噛み……!

 表向きは遠慮しているけど、実際は尊く思ってます……!


「今までエリ頑張ってた……だからご褒美……」


 ──クチュ、クチュ。


「アルス……ん……」


 ああああ……甘噛み……甘噛みぃ……!!

 ありがとうアルス!! そしてありがとう神様!! そんでもってさっき理不尽ファックだなんて言って申し訳ありません!!


「……あのアルス様、恐れ多いのですが……」


「「ん?」」


 ふと見上げると、ユウナさんが顔を出していた。

 やりたそうな目をしていらっしゃる。


「……えっと、ユウナさんもしてみる?」


「むぅ、出来ればもっとエリにやりたい」


「こら、別にいいじゃない。私はもう十分やってもらったから」


 なんて言っちゃったけど、この子が私を独占しているなんて……!

 罪深いねあなた……!!




 -------------




 《メロside》


 いやぁ、お二人がバイトに来てくれて本当に助かった。


 今回ばかりは、さすがに一人ではやりきれない所があった。そこに沢口さん達がいてくれたおかげで、スムーズに仕事を終わらせる事が出来て、さらに収入もほんの少しだけ増えた。

 これからもお二人には頑張ってもらいたい所。


「さて、コーヒーでも入れましょうかね」


 カウンターに座るというのも飽きが来るのだ。あらかじめ用意したサイフォンでコーヒーの準備をする。

 ワタクシは押収した日記を軽く読んだ後、カウンター近くに置いておく。そうしてある物に視線を向けた。







 カウンターの下に隠した、もう一つの日記。


「バレなくてよかったですよ本当」


 こっちの日記は単なる日常記録。別に見られようがどうって事はない。

 問題はここに隠した日記の方だ。もし沢口さんがこれを見たら……あまりいい印象は持たないかもしれない。


 だからこそ隠し続けるしかない。


 沢口さんには申し訳ないと思っている。この場合の私は当然悪い奴だ。

 でも今は……今だけは、彼女に力を貸してほしいと思っている。何にも知らなくても構わない。


 むしろが来るまで、知らないでいてくれてほしい。


「……安易に口滑らなくて助かりましたよ、ユウナさん」

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