第33話 未知の異世界文字解読

「姉の変態趣味に付き合わせてしまいまして……本当にすいません……」


 あの後、私達は喫茶店に立ち寄っていた。

 何でも花音さんの行きつけらしいんだけど、小奇麗で快適な印象だ。ぜひとも何回も行ってみたいと思う。


「……いえ、大丈夫です、はい……」


 ただし拷問を受けた後じゃなければの話だけど。


 今の私は、テーブルに座っているだけの廃人になっていた。見た目も生気が抜けているに違いない。


「でもよかったじゃないですか。撮影料として1000円もらったみたいですし」


「少ないわ! せめて一万円欲しかったよ! というか何でメロ君達助けてくれなかったの!?」


 私を見捨てたメロ君がヘラヘラしている。

 自分がそうされなかったからって平然としおって……。


「そりゃあもちろん、ワタクシも沢口さんの水着姿見たかったもんで。一応巨乳派なんですが、あのスラっとした感じも悪くなかったですねぇ」


「僕はメロに合わせた方がいいかなって」


「…………」


 よかったね二人とも。

 ここが喫茶店じゃなかったら、アルスに往復ビンタさせていた所だよ? でも誠君には無意味か。

 

「本当にすいません……私のせいで……」


「ああいや、花音さんのせいじゃないですよ!? むしろ悪いのはこの変態畜生どもで……」


「いえ、あそこでハッキリと言わなかった私も非があります……この後、姉にそういった事を伝えたいと思います……」


「そうですか……まぁ、それでお姉さんが聞いてくれるなら」


 お姉さんは変態だったけど優しい人なのは間違いない。ちゃんとその事を言えば、すぐに受け止めてくれるとは思う。

 それに、これは花音さんの問題だから私の入る余地はない。


「お待たせしました」


 マスターが注文した物を持ってきた。

 頼んだのは全員分のスパゲッティナポリタン。うーん、湯気立ってて美味しそう。


「どうぞ食べて下さい……ナポリタンは本当に美味しいので」


「へぇ、そうなんですか。じゃあいただきまーす」


 フォークでナポリを巻いてから、口に運ぶ。うん、確かにコクがあって美味い。


 それから花音さんに払わさせるのも失礼と思い、皆で割り勘。花音さんと別れた後、次の仕事に向かう事になった。




 -------------




 そうして三日後の木曜日。


「本当大変だったよぉ。次の家なんか異臭がすごくて……」


「そうでしたか。メロ様のバイトというのは大変ですね」


 私が寝間着から私服に着替えている間、ユウナさんが皿洗いをしてくれている。


 この間、三人目のお客さんのアパートに向かったんだけど、実にアレだった。まず、その男の人の身なりが汚い。さらに部屋の異臭も半端ないと来た。

 そんな所で仕事をしていたもんだから、メロ君も「花が変異しそうで怖い」とか言ったもんだ。


「次も同じような仕事を?」


「ううん、次は店の接客だって。ちゃんとやれるかなぁ……」


 事前に覚悟はしていたつもりだ。でもいざとなるとやっぱ緊張してくる。

 それにそんなに人来ないだろうと思ってたけど、昨日の訪問からしてそれなりに来ているのかもしれない。

 上手くやれるかどうか……。


「……エリ、今は辛いのか?」


「えっ?」


 着替え終わった私に、アルスがやって来た。

 上目遣いで見てくるその子に、ドキリとしながらも平常心を保つ。多分この子なりに心配しているんだ。


「大丈夫だよ。それにバイトはそんな長くはならないと思うし」


「そうなんだ。……もし疲れていたら甘噛みしようか?」


「……フフ、ありがとう。でも本当に大丈夫だから。気持ちだけ受け取っておくね」


 やっぱり優しい……どこぞの変態畜生どもとは大違い。

 

 それからインターホンが響いて「沢口さぁん」と声がしてくる。

 どうやらそろそろ時間みたいだ。


「じゃあ行ってきます。前みたく三時には戻るから」


「はい、お気を付けて」


「行ってら」


 二人に見送られた後、私は外に出た。

 玄関先には畜生の片割れ……もとい誠君が立っている。私は彼に挨拶してから、一緒に階段を降りる。


「そういえば誠君って接客出来る?」


「ううん、一度もやった事ないから何とも言えないんだよね。まぁ何とかなるんじゃない?」


「うーん……まぁ、誠君とそう言うのなら……」


「おっ、二人とも。朝からお出かけか?」


 下に着いた途端、門前に長谷田さんが立っていた。

 二つのダンベルで筋トレしているみたい。Tシャツも汗でびっしょりだ。


「おはようございます。これからバイト行く所でして」


「おお、二人一緒かぁ。仲いいんだなぁ」


「えー、そうですかぁ?」


 隣の人、私を見捨てたんですけどね。


「それよりもバイトの方は慣れたかいな?」


「えっ? ああ……まだまだですね。上手くやれるか不安でして」


「なるほど。まぁ、バイトってんなら色々と覚える事が多いだろうしなぁ。そういう事は、ちゃんと仕事の人間に伝えるんだぞ。いくら分からないからって黙ってはいかん」


「……分かりました。ありがとうございます、長谷田さん」


 長谷田さんが言うと説得力がある。ぜひとも覚えておかないと。

 ちなみにその人が「若いの、この奥義を見てくれ!」とダンベルでジャグリングするけど、そろそろ時間なので後にした。




 そうしてビランテ内。


「えー、前おっしゃったように、これから店番と接客をさせてもらいます」


 これからメロ君の指導が始まる。

 なおエプロンとかそういうのはないらしいので、仕事は私服でする事になる。


「その前にお伝えしますが、これからワタクシは自分の世界に戻る事になっています。主に種の仕入れなのでそう時間は掛からないかと」


「じゃあ、私達二人だけって事?」


「そうなりますね。接客や支払いに関してですが、それはこの世界のと全く変わりません。ビランテにはレジというのはないので、金庫からお金を出すようにして下さい。あと計算は昨日買った電卓を使った方がよろしいかと」


「レジがないなんて不便だね」


 誠君に同じ。渡すのに大変そうだ。


「我々の世界では皆こんなもんですよ。それで花の種類と効能を聞かれた際、このメモを参考にして下さい。ちゃんと日本語に直したので、恐らく読めると思います」


 そう言って、メロ君が薄い本を渡してくれた。

 中を見るとメロ君が描いたんだろうか。花のイラストと文字がびっしり書かれている。

 ただこれ……。


「……あの、メロ君……」


「それで昼頃になったら一時間休憩。その後、お二人には店の掃除をしてもらいます。じゃあ後は頼みましたよ」


「あ、あの……」


 私が言っているのに奥の扉に行ってしまう。

 そのメロ君を追おうと扉を開けたけど、何と姿が見当たらない。彼、一瞬にして異世界に戻ったの……?


「行っちゃったね」


「う、うん……それよりも誠君、これ見てくれる?」


「ん? …………怪文書かなこれ」


 メロ君に渡された本なんだけど、字が汚い。


 下手すれば、小さい子供のそれよりも汚い。


 一部辛うじて読めるけど、大半は新手の呪文かと言いたくなるくらいに解読不能だ。もはや読んで覚えてとかそういう問題じゃない。


「あれかな。メロは異世界人だから、日本語の文字に慣れてないんだと思う」


「そうだろうけど……これどうするんだろう」


 これじゃあ花を説明する事さえ出来ない。

 でもそれはお客さんが来たらの話だ。もしかしたら今日一人も来ないという可能性が……


「すいませぇん」


 と思ったら来た!? 

 何でこういう時に限って来るんだ!?


「い、いらっしゃいませ……ようこそビランテへ……」


「へぇ、ビランテって言うんだ。何か路地裏にフラッと行ったら、こんな花屋を見つけるなんてなぁ」


 入ってきたお客さんは二十代の男の人だ。茶髪がちょっとチャラい。

 よくこんな所に来たなぁと思うけど、それはこの店に人を惹き付ける何かがあるのかも。異世界の物だからそういう事があってもおかしくはない。


「これ、どんな花なの?」


「はい? ああ……少々お待ちを……」


 水色の花か。さてどんな効能なのやら。

 本を漁ると、それらしきイラストのページが出てきた。名前は……これは読めるな。


「えっと、それは『オリル』と言いまして……その、花には……花には……」


「何どうしたの? もしかして分からない?」


「……申し訳ありません。このバイト初めてなもんで……」


「ああ、初めてなんだ。それは無理はないなぁ。だったらその本ちょっと貸して」


 怒られずに済んだ……。

 男の人が本を手にすると、すぐに目を丸くする。


「えっ、何これ……幼児が書いたの?」


「ちょっと事情がありまして……一応『この花には〇への〇〇が存在し、〇〇に役立ちます』って分かるんですけど……」


 その〇〇に収まる字が、無茶苦茶で全然読めない。

 接客のつもりが、未知の異世界文字の解読っぽくなっているよ。メロ君が異世界出身なだけに。


「なるほどね……。ううむ、これは何となく読めるな」


「えっ、本当ですか?」


「うん、大学で古代文字研究のサークルに入っているからね。解読なんて簡単な事だよ」


 いや、全然関係ないやん。

 それで大学生の人がうんうんと頷いた後、閃いたような表情を浮かべた。


「分かったぞ、多分合っているはず」


「どう読むんですか?」


「ああ、これは…………




『この花には「神」への「領域」が存在し、「祝福」に役立ちます』だ!!」


「「!!」」


 この時、私と誠君に震撼が走った!!







 ちなみに、後からメロ君に聞いたけど、


「この花には『肌』への『効能』が存在し、『美肌』に役立ちます」


 が正解らしい。

 一文字も掠っていないんですがそれは。

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