第20話 ドブ臭い人間
「えっと……それからお前が育ててこうなっているという訳?」
「うん、そうだよ……」
お兄ちゃんの言葉に私は返事した。
あれから全力疾走したお父さんが帰ってきて、「とにかく事情を聞こうか……」と震えながら言ってきた。お父さんにされた事はショックだったけど、それもそうだなと思いつつ家に帰る事になった。
今はテーブルで家族会議を開き、これまでの経緯を話している途中だ。
ちなみにアルスは液体肥料の効果で「オホオオオオオオンン……」とビクンビクンしている。
「異世界ファンタジーってのは俺もたまに読んでいるなぁ。まさか本当にあるとは思わなかったけど」
「でもこうしてみるとリアルよねぇ。仕草とかお隣さんのワンちゃんにそっくり……お父さんどう思う?」
「ああ……割と愛嬌あるとは思うな」
好意的な感想を言っているんだけど、三人ともテーブルから離れて部屋の隅に座っている。
説得力皆無……! 特にお父さんの台詞が……!
「……本当に大丈夫か、瑛莉? こいつに食われそうになったりしない?」
「だからぁ、アルスはそんな事しないって! いい加減しないとアルスに丸呑みさせるよ!?」
「いや勘弁して下さい……」
いけない、あまりにもイラついて声が上がってしまう。
そもそもお兄ちゃんはお兄ちゃんなりに私の事を心配しているんだ。それなのに私は真っ向から反論ばっかりして……それは信じてもらえなくて当然だ。
「……ごめん、お兄ちゃん。でも私は何もされていないし、アルスと一緒に暮らせている。それに……アルスは可愛いんだよ」
「可愛い?」
「うん。だってこんなにも愛嬌があるんだから……。まぁ、自分がそう思っているだけかもしれないけど……ハハ……」
何て自分で言って、自分で苦笑いしてしまう。
するとお兄ちゃんが立ち上がって、アルスの方に近付いてきた。アルスがそんなお兄ちゃんを不思議そうに見上げる。
「ちょっと頭触っていいか?」
「うん」
あらかじめ断ってから、アルスの頭をゆっくりと撫でる。
まだ怖いのか、手がおっかなびっくりだ。
「植物の感触だ」
「まぁ植物だし……」
「でも何か気分が癒されるな……最近大学の勉強でストレス溜まってたのになぁ」
そういえばアルス、人の気分をリラックス出来るんだった。
それにあまりピンと来なかったけど、そのリラックス効果が妙に早いような? この子が異世界の植物だからというのもあるだろうけど。
「大丈夫なの、ハル?」
「あ、ああ……母さんも触ってみる?」
「じゃあ私も……まぁ、本当に植物って感じね。しわくちゃのキャベツ触っているみたい」
「それ感想としてどうなん?」
お兄ちゃんの言う通りだわ本当。
続いてお父さんもアルスに触っていく。しばらく擦った後、その顔に近付いて匂いを嗅いだ。
「うん、甘い香りがする……悪くないな」
「お前は何かドブ臭い」
「あっ、うん……加齢臭だねそれ」
叱ろうと思ったけど、さっきの事があったので別にいいやと思ってしまったり。
それよりも凄い、あんなに怯えていた三人が嘘のようにアルスに集まっている。何だが見ていると不思議な感じ。
「ちょっと待ってな…………あったあった。アルス、これを投げるから拾ってくれないか?」
お兄ちゃんが居間を出た後、野球のボールを手にしていた。
玄関にあったのを持ってきたな。
「拾ってどうするの?」
「それを俺の所に届けてくれ。行くぞー」
軽く放り投げたボールが、ポンポンと床をはねる。
アルスはよちよちとボールに向かい、それを持って、
「ほいっ……!」
――ブン!!
――ゴリッ!!
「アアアウ!!?」
勢い良く投げてお兄ちゃんの頬にヒット。
思いっきりエグい音が聞こえたけど、まぁ大丈夫だろう。お兄ちゃん一応頑丈だし。
「まさか本気で投げるとは……」
「届けてくれって言ったから」
「いや普通にやってくれよ……。母さん、あとは頼んだ」
「あらそう? アルス、投げるんじゃなくて投げた人に渡すのよ。やってみて」
次にお母さんがボールを投げた。
またしてもアルスがボールへとよちよち歩いて、それを拾う。で、急いでお母さんに向かってボールを返す。
「すごいすごい! というか持ってくるアルスちゃん、すっごく可愛かったわ!」
実を言うと私も萌えましたはい。よちよち歩き眼福でしたね……。
今度はお兄ちゃんがボールを投げた後、アルスがそれを持ってくる。お兄ちゃんも「すげぇじゃねぇか」と、嬉しそうに頭を撫でてくれた。
「……瑛莉ちゃん、さっきはごめんね。私、アルスちゃんの事を誤解していたわ」
「俺もだわ。こいつの事、怪物だなんて言って悪かったな」
「ううん、私の説明不足もあったから……それにアルスの事分かってくれて嬉しいよ」
私の方も無茶苦茶だったからな……本当にごめんなさい。
いずれにしてもアルスを理解してくれて安心した。さっきまで怒鳴って泣いていたのは馬鹿らしいよ。
「よし、これからもアルスは家族だな。これからも娘をよろしくな、アルス」
「分かった。ドブ臭い人間」
「うん、素直に言ってくれてありがとう。じゃあそろそろご飯にしようか」
そうだね。ご飯が冷めちゃう。
家族会議を終了させた後、私達はミートボールスパゲッティとポテトサラダにありついた。お母さんと一緒に作っただけあって、ほっぺたが落ちるほど美味しい。
「エリ……それ食べさせて」
「えっ? キュウリ? まぁいいけど」
ポテトサラダのキュウリが気になったみたいなので与えてみる。
それでアルスが口に運ぼうとしたけど、何故か飲み込む前に手が止まってしまった。
「……やっぱいいや」
「えっ? 急に気が変わった?」
「……そうかな……よく分からない」
「……?」
変だな、アルスだったらポリポリ食べると思うんだけど。
気分の問題もあるのかな。
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夜、私とアルスは自分の部屋で寝る事になった。久々の部屋に懐かしさを感じた私なんだけど、アルスの方はやけに落ち着いている。
不思議に思っていたけど、その内に寝てしまって朝がやって来た。
まだ日曜なんだけどそろそろアパートに帰らないと。私達は朝食を済ませてから、玄関先で別れを告げる事になった。
「もう帰っちゃうの? ゆっくりすればいいのに……」
「家事が残ってるからね。でも近い日にまた来るからさ」
「そう? まぁ、最近風邪が酷いらしいから瑛莉ちゃん気を付けて。もちろんアルスちゃんもね」
「う、うん……」
……今なんか引っ掛かった気がするけど何なんだろう。
気のせいであってほしいけど。
「じゃあ行ってきます。お兄ちゃん、大学中退しないように頑張ってね」
「そんなリアルな事言われても困るわ。まぁ、お前も頑張れよ」
その言葉に頷いてから、私は家を出た。
数時間後になって、地元に到着。アパートまでの道を歩き出す。
何と言うか、色々と大変だった。楽しくなかったと言うと嘘になるけど、アパートにいるよりは体力使ったかもしれない。
まぁ、お兄ちゃん達がアルスを受け入れてくれたのが救いか。
「アルス、お父さんとかお母さんどうだったかな?」
今は人がほとんどいない。
アルスと話しかけても誰も怪しまれまい。
「普通……やっぱりエリと一緒にいた方がいい……」
「そうか……にしても何か声が低いんだけど大丈夫?」
「………うん……」
「……アルス?」
何だろう、アルスの様子が変。
いつもなら必ず何かしら言ってくるのに、今回は曖昧な返事しかしてこない。
「アルス……本当に大丈夫?」
「…………」
私が声を掛けても返事がなかった。それどころか頭がうなだれている。
これはひょっとして……。
すかさず頭に手をかざすと、熱い! この子、風邪を引いている!?
「アルス大丈夫!? アルス!!」
こんな事があるなんて! どうしよう、どうしよう!!
すぐに病院……ってここ、病院から遠いんだ。そもそも病院なんて連れて行ったらパニックを起こしてしまう。
待て、落ち着け。まずはここから近いのは私のアパートだから、そこに行ってアルスに冷えピタを貼る。
それからすぐにビランテに行って、メロ君に助けを求める……こうしよう。
「アルス、もう少し待ってね!!」
アルスが目に見えるくらいにグッタリしている。何度も声を掛けたんだけど返事も出来ないみたいだ。
昨日家から飛び出したように無我夢中で走る。それはもうすれ違う人から奇異な視線を見られるくらいに。
でもそんな事なんてどうでもいい。
「ハァハァ……やっと着いた!」
アパートが見えてきた。
早く家に入って看病を……看病……
「スゥ……スゥ……」
えっ? 何事? 玄関前に誰かが体育座りして寝ていますよ?
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