第19話 同居人紹介します!

 家に帰ってきて早々、お兄ちゃんと某クロスオーバー大乱闘ゲーム(自分ん家から持ってきました)をやる事になった。

 久々の対戦なんだけど、やっぱりお兄ちゃんは強い。私がどれだけ攻撃しても回避され、遂には撃破されてしまった。


「うわ、また負けた。お兄ちゃん強いなぁ」


「お前は少しネットでコンボ覚えた方がいいぞ。……にしてもいつまでリュック持っているんだ?」


 対戦が終わるや否や、いきなりお兄ちゃんが突っ込んできた。

 妹がリュックをそばに置いているんだからそりゃ気になるか。でもアルスが中にいるから手放す事も出来ない。


「えっと、ちょっと大事な物があって……」


「大事な物ねぇ。そろそろ見せてくれたっていいんじゃねぇの?」


 そう言って、お兄ちゃんの手がリュックに伸びる。

 マズい、このままじゃあアルスの事がバレてしまう!


「お兄ちゃん駄目! 止まって、ステイ!!」


「えっ? 俺犬扱い?」


「これはその……後で見せるから。だから勝手に開けないで……」


「そ、そう……だったらお前の言う通りにするけど」


 ふぅ、何とかこの場を切り抜けた。

 でもこれはあくまで時間稼ぎ、隠し切るのは無理がある。そもそもタイミングを計らってアルスの事を明かそうとも思っている。


 ……タイミングか。お父さんが帰ってくるのが夕方辺りだから、先にお兄ちゃん達に話す必要がある。


 で、そのタイミングをどうすればいいのかが問題だ。中々そういう瞬間が来ないからじれったい。


「瑛莉ちゃん、夕食作るから手伝ってくれるぅ?」


「あっ、はーい」


 居間からお母さんの声が聞こえてきたのでゲームは中断。


 お母さんは料理上手で、その技術を叩きこまれた事もある。でもそのおかげで一人で料理出来るようになったし、ご飯の手伝いとかするようにしている。……お兄ちゃん? 部屋で漫画読んだりゲームしているだけ。


 それはともかく、キッチンに行ってみると美味しそうな匂いがふんわりとしてきた。フライパンで煮詰めているホールトマト、焼いている肉団子、ジャガイモと野菜。

 見る限り、ミートボールスパゲッティとポテトサラダを作っているようだ。


「瑛莉ちゃんはふかしたジャガイモを潰した後、その野菜を入れてね。塩で水抜きしたからちゃんと絞る事。……あと何でリュック持ってきたの?」


「ああ……何か無意識を持ってきちゃって……ここに置いとくね」


 リュックを置く前にアルスを覗いてみた。その子が「まだ?」とこちらを見ているのがまた……。

 ごめんねアルス。あともう少しで自由の身になれるはずだから。


「どうしたの瑛莉ちゃん?」


「あっ、ごめん! すぐに手伝うね!」


 これ以上怪しまれたら大変だ。すぐにふかしたジャガイモを潰していく。

 そういえばこれも一応野菜(?)だから、アルス食べられるかも。あとキュウリとかもあるし、二人に明かした後にあげてみようかな。


 と思ったらアルスの触手が伸びてくる!? 駄目! 駄目! 今出たらパニックになってまう!


「本当にどうしたの? 何か悪霊に憑りつかれて発狂しているような動きしてるけど……」


「仮にも娘に対してその言い方ないんじゃない!?」


 アルスを止めようとした動きが悪霊憑きとはこれ如何いかに。そういえばお母さん、ホラー系とか心霊系とか好きだったなぁ。

 ちなみに私はホラーを見たら、一週間ロクに寝れない。


「と、とにかく何でもないよ……ほら、手を動かそ? ねっ?」


「まぁ瑛莉ちゃんがそういうなら……」


 お母さんが調理に戻るけど、そろそろ隠すのは無理みたいだ。

 そこに「喉かわいたぁ」ってお兄ちゃんが冷蔵庫を漁りにやって来た。つまり居間に三人が集まっている状態。


 よし言おう。


 誠君だって家族を信じろと言ったんだ。当本人が切り出さないと。


「あ、あの、お母さん、お兄ちゃん! 大事な話があるの!」


「大事な? ……もしかして瑛莉ちゃん、彼氏出来ちゃった!?」


「それじゃないだろう。初めて友達が出来たとか……いや、友達も怪しいか。こいつヘタレだし」


 んだとこの野郎が……あんたの料理にワサビ入れてヒィーヒィー言わせてやる……。 


「いや、そうじゃなくて……ああでもお兄ちゃんの言う通りかな。私ね、友達出来たんだ……人じゃないけど」


「人じゃないって、瑛莉ちゃんどういう事?」


「実は……」


 私はリュックを持って中を開けた。

 これでも後戻り出来ない。その中からアルスがひょこっと出てくる。


「ア、アルスって言うの! 植物なのに喋るんだよ!」


「やっと出れた……さすがに退屈だった」


「…………」


「…………」


 ……ん? 何も言ってこない。どちらもアルスを見ながら黙っている。

 こういう時、何かしら反応あるのに。


「……どうしたの、二人とも?」


「……あ、ああ、悪い瑛莉。ちょっと母さん、奥に……」


「ええ、それ私も言おうと思ったの……」

 

 二人してトボトボと居間を出た。

 私が見ている横で扉が閉まると、


『ねぇハル、あれどう思う?』


『母さんも見えていたのか……俺てっきり幻覚でも見ているのかと思ってさ』


『いや、前に健康診断で正常だったから幻覚じゃないわ。紛れもなくあれは怪物よ。きっと何かの方法で瑛莉ちゃんを洗脳しているに違いない』


『どう見てもあれは人を喰いそうな姿をしているからな……それでどうする?』


『確か玄関先に除草剤と鎌が置いてあった気がするわ。何としてでも瑛莉ちゃんを救うのよ』


『ああ、分かっている』


 ……それから数秒後、二人が帰ってきた。


 背中に除草剤と鎌を隠しながら。


「瑛莉ちゃん、その植物ちょっとよく見せてぇ」


「出来れば持ってみたいなぁなんて」


「…………………………」


 見えてますよ? 見えてわざわざアルスを渡そうと思いますか?


 というか何なの……こっちは勇気を振り絞ってアルスの事明かしたのに、そんな否定的になって。


 ……それにアルスは……アルスは……


「……アルスは怪物じゃないよ!! 私の友達だよ!!」


「いや、どう見ても怪物だろ……見た目が」


「見た目ね!! 見た目はそうだけどこの子は優しいの!! それなのに、何で二人とも除草剤とか鎌持ってきてんの!?」


「……瑛莉ちゃん……」


「もういい!! 二人なんか知らない!! アルスの事を言って損したよ!!」


 近付けば二人に怒鳴っていた。アルスと一緒に外にも出て行ってしまう。

 無我夢中とはこういう事なのかと、心の片隅で思っていた。長い道路を走って走って、走りまくって。気が付けば小さな公園が見えてきた。


 それは小さい頃、お兄ちゃんとよく一緒に遊んでいた場所。


 何か理由がある訳でもなく、ただ公園に入ってブランコに座る。すると目頭が熱くなるのを感じてきた。

 ああ私、今泣いているんだ……。


「エリ……?」


「……ごめん、大丈夫……大丈夫だから……」


 何で泣いているんだろうな私は……。

 私が二人の立場だったら鎌とか除草剤……いやそれはアカン。ともかくアルスの事を化け物扱いしていたと思う。現に最初の頃はそうだった。


 まだ知らなくて当然なんだ。アルスが優しくていい子というのは。


 それなのに詳しく説明もせず、勝手に怒って、勝手に出て行って、勝手に泣いて……本当に自分勝手だ、私は……。


「あれっ、瑛莉じゃないか?」


「! ……あっ」


 その声に振り返る私。そこに立っていたのは、間違いなくお父さんだった。

 仕事帰りだからか、背広の上着を腕に掛けている。素朴な表情は家を出た時と全く変わらない。


「泣いているじゃないか、一体どうしたんだ?」


「……え、えっと……」


 お父さんが近付いてきたので、そっとアルスをリュックに隠した。

 隣のブランコに座った後、私を覗き込むお父さん。


「何か嫌な事でもあったのか? ああいや、別に言えないなら無理に言う必要はないけど……何か飲み物買ってこようか?」


「ううん、大丈夫……ちょっとお母さんとお兄ちゃんに怒っちゃって……」


「お前が二人に? お前ほど大人しい子が珍しいな」


「……そうかなぁ」


 そういえばあまり怒った事なかったな……精々昔にお兄ちゃんと喧嘩した事くらい。

 それよりもやっぱりお父さんは優しい。普段は大人しいんだけど、今の私みたいに親身になって接してくれる。


 何だが、少し話しただけで気分が軽くなった気がしてきた。今の私には相談相手が必要だったかもしれない。


「……もし、もしもだよお父さん。娘がとんでもない事を隠してて、それを言い出したら、お父さんはどう思う?」


「とんでもない事……まぁ、限度もあるから最初は驚くかな。でもそれがお前にとって大事な物だったりするかもしれないんだから、ちゃんと話し合って、それから受け入れようと思う」


「受け入れる……」


「ああ、何が何でも否定したら抑制になってしまうからな。お前はお父さんの娘なんだから、もっと堂々とするべきなんだ」


「……分かった」


 大丈夫かもしれない。

 お父さんの言う通り、堂々とするべきなんだ。泣いてばかりじゃいられない。


「実は私、この子と一緒にいるの。アルスって言うんだ」


 意を決して、私はリュックからアルスを出した。

 最初は驚くけど、ちゃんと受け入れてくれる。お父さんの言葉を信じて。




「――う!? うわあああああああ!!?」


 その瞬間、全力疾走。

 本当にそうとしか言えない走り方で、私とアルスから逃げてしまった。


 ……酷い。

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