成長記録 五日目

第18話 実家に帰らせていただきます!

「ふぅう……気持ちいいですねぇ……」


「うん、本当……」


 今、私は森さんと一緒にスーパー銭湯にいた。


 前々からオープンした場所なんだけど、金銭的にも余裕的にも行くに行けなかった。それで森さんが私を誘ってくれたので、遠慮なく堪能させてもらっている。

 お風呂が中々気持ちよくて、肩こりが治っていく気がしてきた。最近家事が忙しいから助かるなぁ……。


「誠も来ればよかったのにねぇ。全く、勉強しっぱなしは頭がカチンカチンになるわ本当」


「ハハ……しょうがないですね」


 誠君は勉強があるからと留守番しているけど、その代わりアルスの面倒を見てくれている。

 私が銭湯に来れたのは誠君のおかげでもある。本当に彼には頭が上がらない。


「まぁ、あいつの事は放っておいて……沢口ちゃんも苦労しているんだなぁって思うなぁ」


「はい? …………あっ、どこ見ているんですか!?」


 一体何の事と思ったら胸を見ていたのか……。

 森さんもあまり大きくないって思ったけど、そう口にしたら沈められそうなのでやめとこう。


「いやねぇ、毎日牛乳飲んでいるけどこれっぽっちも成長しなくてさぁ。胸が大きな子がいたら教えて欲しい所だけど」


「はぁ……」


「そうだ。この際だから揉み合わない? 今ほとんど人いないし」


「いえ結構です」


 平日の夜だからそんなに人がいないんだけどお断りします。

 そもそも、そんな事で大きくなったら苦労はしていない。


「けちぃ。じゃあいいもん、私一人でやるからさぁ……ん……あっ……はぁ……」


「あの……ここ公衆の場なんですけど……」


 そういうのはご自身のお部屋でやるべきと思うんですが。

 ともかく変態は置いといて、私はお湯を満喫する事に。こういったのは滅多に味わえないんだから。




 ──そうやって銭湯を楽しんだ後、私達はアパートに帰る事になった。


 アパートに着くなり森さんと別れ、自分の家に帰る。そうしてすぐにベランダの外に向かった。

 顔を出すと……うん、約束通りいてくれた。


「お待たせ誠君。アルスありがとうね」

 

「ああ、お帰り。ほらアルス、沢口さんが帰ってきたよ」


「お帰り」


 ベランダにはアルスと誠君が待機していた。

 実は誠君の部屋にベランダがあるので、こうしてアルスの受け渡しをしている。森さんに見つけられないよう、私達が事前に決めた事だ。


「それでアルスが何かしたとかない? 大丈夫だった?」


「ああ、心配ないよ。いやビンタとかされたりしたけど、別にどうって事はなかったかな。……それに気持ちよかったし……」


 誠君、最後の言葉小さくしたつもりだろうけど聞こえてるからね?

 よく見ると頬が赤く腫れているし……。


「あっそう……。それはそうと、明日も大丈夫ならアルス預けてくれないかな?」


「明日も? 何かあるの?」


「うん、実家に帰省する事になったの。おばあちゃんの命日だから顔を出してくれって」


「そうか。だったら今でも預かっておくけど……アルスはどうする?」


 そう誠君がアルスに聞く。

 すると嫌だとばかりに、首をそっぽ向き始めるアルス。


「エリと……一緒に行く」


「えっ? 駄目だよそれは……お母さんとお父さんがあなたを見たらびっくりすると思うから……」


「行く……」


「えええ……」


 いや、行きたい気持ちは分かるよ? 私だってアルスを置いて行きたくはない。

 ただ家族が見たら腰抜かしたり、今すぐ捨てなさいとか言われたりするかもしれない。私があっち側だったらそうする可能性が高い。


「別に連れて行ってもいいじゃない?」


「えっ?」


「いや、親御さんなら子供の事を理解してくれるだろうし、アルスも悪い子じゃないんだからすぐに受け入れると思ってさ……僕が言うのもなんだけど」


「理解か……それもそうかもね」


 誠君の言う通りだ。アルスへの心配よりも家族の事を信用すべきだと思う。

 私だってアルスを受け入れたんだから、家族だって同じになるはず。むしろそうあってほしい。


「分かった。一緒に行こうアルス」


「うん……」


「じゃあ誠君、そういう訳で……」


「ああ了解。じゃあまた次の日に」


 誠君が自分の部屋に戻っていった。

 それで窓が閉められた後、アルスが安心したみたいに息を吐いていた。


「どうしたの?」


「……さっき丸呑み強要された……あの人間嫌だ……」


「…………」


 もしかして付いて行きたいって言ったのは……それがあったから?




 -------------




 という訳で翌日。私達は実家に向けて電車に乗った。

 電車に揺られながら、私とリュックの中のアルスはただひたすら待った。家はアパートから二時間ほどの距離だし、小説とかスマホ読んでいると酔っちゃうしね。


(アルス、新しいリュックどう? 居心地とか)


 前のリュックはボロボロだった。なので新しくも安い物に変えてみた。

 色はアルスと同じ緑色。


「うん、快適」


(あっ、しー! あまり声出さないで! 周りに気付かれちゃう!)


(ごめん。でも本当に悪くない……何だがここで暮らせる気がする)


(暮らすにはちょっと小さいかなぁ)


 気に入ってくれて嬉しいなぁ。買ってきた甲斐があったよ。


(でも……)


(ん?)


(すごく暇。何かする事がない?)


(そうなるよねぇ……だったらこれどう?)


 こうなれば窓の景色を見せるか。

 私はリュックを持ち上げて、アルスに見せるようにした。


(おお……パネェ。町が動いてる)


(どこでパネェ覚えたの……)


 効果てきめん。アルスが景色に夢中になっているみたいだ。

 でもこの体勢、割とキツい。あと重いです。


「お姉ちゃん、何をやっているの?」


 途端、私の元に男の子がやって来た。

 今はその質問はちょっと……。


「えっと……軽く運動って感じかな。肩の力が弱くなっているからさ……」


「へぇ、そうなんだ。てっきりそういう事をする変人かと思っちゃった」


「そんな正直に言ってくれなくても!?」


 いや変人だけどさ!? もうちょっとオブラートに包んだ言い方ってのがあるでしょう!?


 とか突っ込んでいる間に『山峡さんきょう駅』という看板が見えてきた。やっと地元の駅に着いたようだ。


「じゃ、じゃあ私は降りるから……」


「うん、じゃあね。変なお姉ちゃん」


 だから言い方!!

 ともかく電車から降り、人混みをかき分けながら駅の外を出る。


 ふぅ……何とかあそこから解放する事が出来た。


「エリ、大丈夫?」


「ん? ああ、屈辱だったけどまぁ何とか。それよりもあと少しだから、もうちょっと我慢してね」


「うん」


 駅から出た後、バスで移動する事になる。しばらくして公園の前に着いて、そのまま徒歩で移動。


 そして遂に我が家が見えてくる。

 住宅地に紛れた黒い屋根の家。間違いなく私の帰るべき場所だ。


「ここがエリの家?」


「そうだよ。それで約束なんだけど、私がタイミング出すまで静かにしてて」


「タイミング?」


「うん、ちょっと面倒な事があって……。言う事を聞いたら高い水買うからさ」


「分かった。静かにする」


 とりあえずアルスの事は落ち着いたら話そう。いきなりはお母さん達が混乱する。

 アルスと約束した所で、私は玄関の扉を開ける。少し躊躇しながらも居間に声を掛けた。


「お、お母さん、来たよぉ」


「はいはい! お帰り瑛莉ちゃん、待ってたわ!」


 すっ飛んでくると言わんばかりに、居間からある人が出てくる。私のお母さんだ。

 こういってはなんだけど、年いっている割りには若くて綺麗な方。私の数少ない自慢だ。


「うん、ただいま。お父さんとお兄ちゃんいる?」


「お父さんはまだ仕事。お兄ちゃんは買い物に行ってくれているよ。ほら、入って入って」


 私は言われた通り居間に進む。

 うーん、この家に入った時の匂い、そして居間のこぢんまり感、これこそ我が家って感じだ。


 やっぱり実家は安心するね。


「アルスどう? ………あ゛っ」


「ん? 何か言った?」


「ごめんごめん!! 今のは独り言!! 何でもないよ!!」


 思わず無意識にアルスに話し掛けちゃったよ……! 何やっているんだ私は……!

 あとアルス、そんなリュック越しから「この人駄目だな」って顔をしないで。心が抉れてしまうんで。


「ただいまぁ。おっ、やっと帰ってきたか瑛莉」


「あっ、お帰りお兄ちゃん」


 どうやらお兄ちゃんも帰ってきたみたいだ。袋を持ちながら居間に入ってくる。

 沢口はるか。三つ年上でただいま大学生。容姿はというと、まぁ私から見ても悪くはない。


 あと大のゲーム好きで、休みの時はそれ三昧。私が今持っているカセットも、お兄ちゃんからもらった物だ。


「あれから一人暮らしどうなんだ? てっきり寂しくなって帰ってくるって思ってたけど」


「そこまで豆腐メンタルじゃないですぅ。何とかやっていけているから心配しなくていいよ」


「ああそう。ところでそのリュック何入っているんだ? お土産か何か?」


「ん、ああこれは……ちょっとね……」


 とりあえずはぐらしつつリュックを降ろした。もちろん中に入っているアルスには頭を撫でる。

 すると和室からお母さんの声が聞こえてきた。


「瑛莉ちゃーん、おばあちゃんに挨拶しなさーい」


「あっ、はーい」


 和室には仏壇がある。おばあちゃん寂しがっているだろうし、顔出さないとね。


 ……さて問題は、どうやって家族にアルスの事を明かすのか、だ。

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