第12話 神話生物的なシチュエーション

 変異した虫を倒した後、アルスが好きなように遊んだ。

 といっても蟻の列を観察するだけなんだが。せっかくなので私も見てみる。


「……無性に蟻の列を見たくなる時があるんだよね」


「ギュウ」


「あっ、分かる?」


「ギュルルル」


 アルスがうんうんと頷いた気がした。

 それから二人して蟻の列を見ていた。たまに列から離れる蟻がいたりして何だが飽きない。


 それでかなり時間が経ってしまったようだ。スマホを見たら昼時。

 三十分以上もこうしていたようだ。


「もうこんな時間かぁ。あっ、アルスこれいる?」


「ギュイ!」


 おやつ用にと、花びらに蜜が貯まっているフイエスを持ってきていた。

 それをアルスに与えると、美味しそうに食べてくれた。


「モグモグ……」


 ……フフッ、何だが可愛いなぁ。

 この子といるとムズムズしちゃう。いつしか私は、アルスの頬を優しく撫でていた。


「ギュイ?」


「あ、いや……アルスが可愛いなぁって」


 ちょっと過激な所があるけど、そこも愛嬌だと思う。

 本当、以前不気味だと思っていたあの頃とは大違いだ。


「…………リ……」


「えっ?」


「……ギュウウ、ギュウ」


 今、この子……いや気のせいか?

 もう一度聞こうと思ったけど、それからは鳴き声しか発しない。確認しようがないけど、やっぱり単なる聞き間違いだったのだろうか。


 まぁ、ともかく今は昼時。そろそろ家に帰ろう。




 -------------

 



 帰りもアルスが大人しくしてくれていた。だから何事も起こらず、何とかアパートに戻る事が出来た。


 さて家に戻ったから何食べるか……最近は野菜中心だったから、そろそろ肉がいいかな。


「あっ、沢口ちゃん! ちょうどよかったよかった」


「ん?」


 私が扉を開けようとしたら声を掛けられた。いたのはやっぱりというか森さんだ。

 しかも料理でもしていたのかエプロンを着ている。


「声を掛けようと思ってたらどこかに行ってたみたいでさぁ。いやぁ戻ってきて嬉しいわぁ」


「あの、何かありました?」


「いやね、私ん所にあいつが来たから歓迎パーティーやっている所なのよ。で、さすがに二人なのは寂しいから沢口ちゃんも一緒にどうかなって。ちなみに焼肉だけど」


「焼肉……」


 焼肉……最近食べてないな……食べたいなぁ……。


「でもそのあいつって……」


「まぁ、来れば分かるよ。ほら、そのリュックは置いて!」


「あっ……」


 アルスの入ったリュックが玄関に置かれてしまう。

 森さんに引っ張られる直前にアルスが顔を出してきて……ごめんアルス、すぐに終わると思うから!


「さぁ入って入って! 誠ぉ、追加入るからちゃんと挨拶してねぇ!」


「ん、誠?」


 どっかで聞いた事があるような……。

 森さんの部屋に入っていくと、焼肉のいい匂いがしてくる。それから奥に進むと、


「……あっ」


「あれ、確か同じ教室の……」


 ホットプレートでお肉を焼いている男の子がいた。

 間違いなく前日、私の教室に転入してきた人。なるほど、そういう事か……。


「あっ、やっぱり同じクラスメイトなんだね。こいつは森誠、私の弟で最近この街にやって来たんだ。何か通ってた高校が潰れたとか」


「はぁ……あっ、沢口瑛莉と言います……。よろしくお願いします」


「あっ、どうも」


 苗字が同じだからもしかしてって思ったけど、やっぱり姉弟きょうだいだったみたい。

 というか私って場違いなのでは。私よりも参加した方がいい人がいるような……下の階の長谷田はせださんとか。


「さぁさぁ座って沢口ちゃん! お肉いっぱいあるから食べていいよ!!」


 とか言って缶ビールを飲む森さん。今、お昼なんですけど。

 でもホットプレートのお肉凄く美味しそう。霜降りとか豚トロもあって、肉汁を出しながらジュワァって……。


「い、いただきます……」


 食への欲求には耐えられない……! 箸が進んでしまう……!

 本当にごめんアルス、食べたらすぐに戻るから!


「それよりも誠、沢口ちゃんと何か話した? あっ、やっぱ皆まで言わなくていいわ、どうせあんたこういう事には興味なさそうだし」


「だったら聞かなくてもいいじゃん。というか何で沢口さんを連れてきたの……」


「二人でパーティーなんてつまらないじゃん。それにこの辛気臭い場所に一輪の花が咲いたって思わない?」


「何言ってんだこの人」


 本当に何言ってんだろう。酔っているのかな、二重の意味で。

 ともあれお腹が減っているので焼肉を頬張る。さらに焼き肉でご飯をローリングして……ああ美味い。やば過ぎる!

 

「……あっ、ビール切れちゃった。ごめん、ちょっとビール買いに行ってくるわ」


 冷蔵庫を覗いていた後、森さんが玄関へと向かおうとしていた。

 ただ部屋を出る前に、私達にくるりと振り返って、


「ちょっと時間掛かるから二人で何か話しててぇ。後これ」


 左手で丸を作り、その中に右手の人差し指を貫通……

 って何やってんだ!!? 意味が分からないって訳じゃないけど、ちょっと場の空気を!!


「……分かったから早く行ってくれるかな」


「ハハハ恥ずかしがってやんの! あ~受けるぅ!!」


 やっぱり酔っているなこの人。

 ともあれ森さんがいなくなった後、私と森君だけが残ってしまった。ただ……会話が弾まない。


 思えば男子と話した事なんてなかったからなぁ。普通に話せるのはお兄ちゃんとお父さんくらいか……。


「えっと……沢口さん……」


「は、はい!」


「あの……ご趣味は?」


 森君、それ質問やない。お見合いや。


「趣味……ええっと、植物を育てる事ですかね」


 うん、嘘は言っていない。

 他に趣味というと漫画とゲームなんだけど、何だが恥ずかしくて言いづらい。


「へぇ、植物っているんだ」


「うん、最近う事になったんだけど、すごく可愛くて。こういうのも悪くないかなぁって」


「ふーん」


「あっ、えっと、下の名前でいいかな? 森さんと同じ苗字だから紛らわしくって」


「えっ? 別にいいの?」


「うん、全然気にしないよ」


 どうせ私は日陰者だ。学校である事ない事言われないはず。……多分だけど。

 

「………………」


「………………」


 どうしよう、会話が途切れてしまった。

 身内とかならともかく、初めて会った人に対しては会話のレパートリーがなくなってしまう。何か話題を考えないと……。


「……あっ、そうだ。誠君は今の学校、分からない所とかある?」


「ん? ああ……たまに移動教室あるんだけど、場所はあんまり分からなくて。まぁ時間経てば慣れてくるとは思うけど」


「そうかぁ。じゃあ私が場所教えるけど……もし嫌とかじゃなかったら」


「あ、ああ……じゃあ頼もうかな」


「うん……」


「…………」


 ……また会話が途切れてしまう。  

 私って何というか話すのが下手だ。かと言ってこのまま家に帰るのも森さんに……失礼…………




「……………」


『……グルルルル……』


 ああ! 窓に! 窓に! ベランダの窓にアルスがいる!!

 あの子、どうやって移動してきた!? ……いや、私と森さんの部屋は隣同士だから、ベランダから移動してきたのかもしれない。鍵も触手か何かで開けたのかも。


 というかこっちを見ている! いや違う、誠君を見ているんだ! 


 大方、私が帰ってくるの遅かったから心配しているといった感じか? それで私が誠君と話しているから警戒を……


 ──ガラガラガラガラ……。


 開けた……アルスが窓を開けて入ってきた!


 ゆっくりと誠君の背後を忍び寄ってくる。誠君に声を掛けるべきか? いやそれじゃあアルスの事がバレてしまう。

 というかどう転んでもアルスを見てしまう……。


「ガアアアアアアアア!!」


「ん? おぐううううううう!?」


 アルスが口を大きくさせて誠君を食べてしまった! というか明らかに頭部大きくなっているよね!?

 アルスの口辺りにもぞもぞと動く誠君が……ちょっと卑猥だ。


「こ、こらっ、アルス!! ペェっしなさい! ペェっ!!」


「…………」


 ――ミチミチミチ……!!


『オホオオオオオオオオオンン!!』

 

 駄目だ、全然言う事聞かない。それどころか口で誠君を締め付けている。

 くっきりと誠君の身体がうっすら見える……じゃなくて! 何とかしてペェっさせないと!


「……そうだ! アルス、焼けたキャベツあるよ! ペェッしたらあげるから!!」


 こうなればキャベツをちらつかせて吐き出させるしかない。

 それを見せたら、アルスが「ヴォエ!!」と凄い声で吐いてきた。


 誠君がよだれか粘液かよく分からない液体で包まれて、ぐったりしている。


「もうアルス! 人様にそんな事をしちゃ駄目でしょう!! 大丈夫、誠君!?」


 まさかアルスがこんな事するとは思わなかったけど、とにかく叱っておく(でもキャベツはあげるけど)。

 それで問題は誠君だ。私が彼の方に向かうと、


「……気持ちいい……」

 

「はっ……?」


 何か起き上がるなりとち狂ってますよこの人……。

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