第8話 ホモ(?)は嘘つき

 風呂から出て数時間。そろそろ寝る頃になった。


 暗くなった部屋の中、アルスはとっくに寝てしまってウトウトさせている。それにいびきっぽい声までもが聞こえてきた。


「……こうしてみると本当に子供だなぁ」


 種から顔(というか芽?)を出してから二週間近く。そりゃあ、まだ子供のはずだけど。


 ただこの子も成長するのだろうか? さすがにこのままという訳にはいかないだろうけど、大人になったらどんな感じになるのか。


「まぁ……いいか」


 考えてもしょうがない。ともかく明日は学校なんだから早く寝よう。


「お休み、アルス……」


 その一言で今日一日が終わり。私も布団に入って寝る事にした。




 -------------




 朝になって、日差しが窓から差し込んでいる。

 目を覚ました私は思いっきり背伸び。それからアルスがどうなっているんだろうとさりげなしに振り向いて……


「……シュウ……」


 って枯れている!? どう見てもアルスが枯れている!


 何で、どうして!? 昨日はあんなに元気だったのに! もしかして私の育て方に原因が!?


「どうしたのアルス!? ねぇ大丈夫!?」


「……キュウ……」


 大きい顔がまるで腐った野菜みたいにしぼんでいる。それに両手の葉っぱもしなびれているみたいだ。

 何でこうなったんだろう……そうだ、メロ君に聞けば分かるかもしれない。って今日は学校の日なんだから行くに行けない!


 ……いや、何が学校だ。こんな状態になっているアルスを置いて行く事なんて出来ない。

 だとしたら、まず電話で先生に連絡しないと。


『……おお沢口か、朝からどうした?』


 スマホには担任に連絡する為の電話番号がある。それを打ち込むと先生の声が聞こえてきた。

 もちろん正直言っても信じる訳がない。かと言って適当に休みたいとお願いしても、それは駄目だと返されるかもしれない。


 気が引けるけど、ここは仮病を使うしかない。


「……も゛し゛も゛し゛……朝起き゛た゛ら゛喉か゛枯れ゛て゛し゛ま゛い゛ま゛し゛て゛……」


 我ながら酷い。酷い演技。

 大袈裟過ぎて顔から火が出そうだ……。


『……沢口、仮病してまで辛い事があったのか? もしそうなら先生が協力するぞ?』


 やっぱりバレている! というか変な誤解を与えてしまった!


「い゛え゛……本当に゛風邪か゛酷く゛て゛……た゛か゛ら゛休ま゛せ゛て゛い゛た゛た゛き゛ま゛す゛……」


『……そうか。あんまり無理をするなよ』


 分かる。電話越しで先生が残念そうな顔をしているのを。

 これ以上は辛いので即座に電話を切った。それから私は布のリュックを用意して、中にアルスを入れる。


「ごめん、少しだけ我慢してね!」


 窮屈だろうけど、アルスを持って外には出れない。チャックは……暑苦しいと思うから開けておく。そんな事をしたらアルスが可愛そうだ。


 リュックを持ってから外に出た。向かう場所はメロ君がいるビランテ。

 かなり急いで走ったもんだから、意外と早く着く事が出来た。


「すいません!!」


「うおおビックリした!? 心臓止まるかと思った!」


 私がビランテに入った途端、メロ君が凄い身体を跳ね上げた。

 相当驚いているっぽいけど、それはそれとして。


「アルスの様子が変なの! 何か元気にするお薬とかない!?」


 リュックから取り出したアルスをメロ君に見せた。

 すると彼が「おお、これはこれは……」と虫眼鏡を取り出して観察をする。


「ふむ……これはあれが原因でしょうねぇ……」


「何か分かるの!? 私に出来る事があったら――」


「あなた、散歩させてないですね」


「………………ん? 散歩?」


「そう、散歩」


「散歩」


 散歩……散歩?


「前にもおっしゃいましたが、アルスは動物の性質を持った植物です。犬と同じく散歩させないと体力が衰えますし、何より室内の日差しだけでは光合成がままならないんです」


「えっと、つまり散歩させる事で体力と光合成をよくするという……」


「そんな感じですね。あと念の為にこれをお持ち下さい」


 と言って、袋に入った何かを差し出してきた。

 紫色の液体が入ったスポイトがおよそ六個ほど。


「これは液体肥料です。まぁ人間で言う栄養ドリンクですので、一日に一本土に刺して下さい。あっ、お値段はたったの100円です」


「安い! ところでアルスにキャベツ食べさせた事があったけど、あれって大丈夫なの?」


「それはもちろん問題ないです。割とグルメなんで、山で食用植物を食べさせるのも手ですよ」


「食用植物……山菜の事?」


「ああ、確かそんな名前でしたね」


 そうなると田舎に行くしかないけど、そんな用事はないしなぁ。


 ともあれ解決方法が分かったので散歩させる事にしよう。学校は休みを取ったし(仮病だけど)、どこか開放的な空間があれば嬉しい。


「さてそろそろ行きましょうか」


「あれ、メロ君も付いて行くの?」


「ええ、何か面白そうなので」


 面白い言わんといて。

 

 なお店の方は「どうせ誰も来ないですので」と急遽閉店。それから私達の後を付いて行く事になった。

 朝だからか道にはあまり人がいない。誰にも見られないだろうと、私はリュックからアルスの顔を出した。


「ちょっと待っててね。今、遊べるような場所探してるから」


「シュウウ………」


 さて、どこにしよう。

 公園はあるはあるけど、ここからでは割と遠い。他に人気のない場所は……あっ、あそこがいいかもしれない。

 

 小走りで目的地に行ってみる。そうして着いた先が、静かに流れる川の土手。


 ここなら人がいない上に芝生もある。アルスが遊べるには最適だ。


「ほら、アルス。ここなら大丈夫だよ」


 私はそこにアルスを置いてみる。多分犬のように駆け回るのかなぁ……と思ったら違った。


「ハァアアアア……」


 仰向けに寝転がりながら日光浴している。

 完全に休日のおじさんにしか見えん。


「てっきりここら辺ではしゃぐって思ったのに……」


「まぁ、そういう性格なんだと思いますよ。最近の子は外ではしゃぐより、家の中でゆったりした方が好きと言うじゃないですか」

 

 それ関係あるのだろうか?


 でもこの子が満足なら別にいいか。私も立っているのが疲れたので、芝生の上に腰かける。


「にしても沢口さん、最初は嫌がっていたのに随分とアルスを世話するようになりましたね」


「そう? ……まぁ、最初はそうだったけど次第に慣れてきて……何だが放っておけなくなったんだよね」


「そうですか、それは嬉しい事です」


 メロ君がアルスを見ながら言う。 

 未だにアルスは寝転がっていて、そのまま眠ってしまいそうだ。


「ところでメロ君は異世界から来たんだよね。どうしてここに来たの?」


「ああ、実は日本人というのに興味がありましてね。この現代社会でまるでゾンビのように生きている姿が本当に面白くて、それでニヤニヤする為に来たんですよ」


「し、辛辣……」


「まぁ、嘘ですけどね」


 嘘なの!?


「本当はこちらの世界で修行してこいと、両親に言われましてね。まぁ、自分の世界の植物を買ってもらいたいという気持ちもありましたので、ある意味では百石千鳥ですけど」


「一石二鳥ね。それじゃあ絵面がカオスになるから」


 思わず突っ込んでしまったけど、この子なりの目的があったんだなと分かってきた。

 今思えば、異世界ってどんな感じなのかが気になる。前にメロ君がファンタジー云々とか言っていたけど。


「ねぇ、メロ君のいた世界ってどんなの?」


「ワタクシの世界ですか? それはもうこちらで言う中世ヨーロッパ的な場所ですよ。もちろんモンスターもいます」


 まぁ、アルスもある意味ではモンスターだよね。

 そのアルスが起き上がったと思ったらこっちにやって来た。萎びれていた頭や両手が元通りになっている。

 

 鳴き声もすっかり元気になっていた。


「キュウウウウ!」


「やはり日光浴が効いたですね。これからは毎日散歩は続けて下さいな」


「うん分かった。アルス、今までごめんね」


 散歩させなかった自分がなんとも恥ずかしい。

 これからは学校から帰ったら散歩に連れて行かなければ。


「じゃあアルスが元気になったから、私達はこれで」


「あっ、沢口さん。そういえば朝食はもう済みました?」


「えっ、朝食? ああ……」


 そういえばまだ食べていなかった。起きた後にアルスの容態が分かったからなぁ。

 それに何だがお腹が減ってきているような……。


「……実は食べてない」


「そうですか。ならこれも何かの縁、もしよかったらうちでご飯食べませんか?」


 メロ君のお家か。多分ビランテの事と思うけど、仮にも男の子の家にか……。

 今まで男の子の家に入った事なんてなかったし、ましてや数回しか会ってないメロ君と……いやいや、そんな緊張しなくたって、相手は私より年下だし……。


「ちなみに言っておきますけど、ワタクシは男色家なので取って食いませんよ」


「へぇ、そう……えっ!!?」


「嘘ですけどね」


 それもかよ!?

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