成長記録 二日目

第5話 ペットの触り方は激しい

 今日の体育は長距離ランニングだ。 


 学校の周囲を三周するという物なんだけど、これがまたキツイ。周囲が一キロほどあるので、一周する前にヘトヘトになってしまう。


「ハァ……ハァ……」


 現に今がそうだ。


 私はクラスメイト達の中を走っているけど、他の人と比べて息が荒くなってしまう。多分だけど一周遅れもしているだろう。

 それもこれも運動が苦手なせいだ。私は昔からこういうのが本当アレだ。


「おお、大丈夫かぁ沢口!」


「う、うん……大丈夫……」


「そうか! あまり無理しないで頑張れよな! アッハッハッハ!!」


 運動部に入っている女の子がハイテンションばりに走っていた。一体どこからそんなのが出るのやら。

 それよりも周りのクラスメイトの数が減っている気がする。間違いなく校内のゴールに向かった証拠だ。

 

 あまり考え事をしないで走り抜けないと。


「……ハァ……フゥ……」


 ……キツイ! だるい! ランニングなんてクソくら……ってそんな事考えている場合じゃない!

 

 重くなった足を強引に動かして、ゆっくりと走る。大丈夫、別にビリになっても誰も笑わないと思う。ビリは必ず出てくるんだから。

 そうして三周目が終わって校内に戻る。チョークで書かれた線を越えればゴールだ!


「ハァハァ……のわっ!?」


 急に身体が!? そのまま転んでしまい、前のめりに倒れてしまった。

 見てみると足元にあった石に躓いたようだ。何で走っている所にあるんだ……。


「……ププ……」


「フフフ……」


「クククク……」


「ブフウ……ww」


 笑われた……男子に……しかも凄いニヤケ顔をしている。


「ちょっと何笑っているんですか!? 大丈夫ですか沢口さん!?」


「あっ、はい……ありがとうございます……」


 一応先生が助けて下さったけど、すごく恥ずかしいとしか思えなくなった。

 憂鬱がさらに増した気分だ……。




 -------------




「ハァ……」


 あれから下校してアパートの前に着いた。

 それでもまだ気分が晴れないままで、ついつい足元を見てしまう。まだ頭には男子の笑い顔が残っていた。


 ああもういや……何で私がこんなばっかり……。神様、私は何をしたというのですか。


 ……なんて言っても仕方がない。早く中に入って夕飯の準備しなきゃ。


「おっ、沢口ちゃんお帰りー」


「あっ、こんにちは」


 階段の所である女性の人とすれ違った。


 森彩夏もりさやかさん。


 何でもおばあ様の後を継いで、アパートの大家さんになったらしい。もちろんそれだけでは生活出来ないので、会社のOLとして働いているとか。

 シュシュでまとめた黒髪ロングが特徴で、私から見ても綺麗な人だ。

 

「浮かない顔だね。学校で何かあった?」


「いえそんな大した事では……森さんはこれから買い物で?」


「ああ、ビール切らしたからね。ビールがない人生なんて考えられないよ」


 この人の酒好きはアパート内で有名だ。冷蔵庫がビールだらけになっているとかなっていないとか噂もある。

 ここまで行くとアル中じゃないかと逆に心配になる。


「ところで聞きたい事があるんだけど、何か最近アパートから犬の鳴き声がしてこない?」


「……ん? 犬の?」


「そう、犬の。犬っつうか、何か『キュウウキュウ』って変な鳴き声なんだけど」


 キュウキュウ……それってもしかしてアルスの鳴き声なんじゃ。


「イエ、キイタコトガナイデスネ」


「そう……まぁ沢口ちゃんは飼っていないと思うから大丈夫か。もし野良犬とかそういうのいたら連絡してくれないかな? すぐにすっ飛んで追い出すからさ」


「ハイ、リョウカイデス」


 森さんは「うん、よろしくねぇ」と言って私の元から離れた。

 アパートはペット禁止はもちろんの事、森さん自体が犬アレルギーでもある。前に森さんが「もし犬とか猫を隠していたら、強制退去して敷金は没収するかなぁ」とゲラゲラしながら言った事がある。


 ……もしアルスをペットと認定したら私詰んでね?


 いやいや、あくまでアルスは植物。動物の性質を持った植物。だからペットの範疇には入らないはず。

 

「ただいまぁ」


 ともかく自分の家に入る事にした。

 奥に行くと見慣れた自分の部屋がある。そしてその中に、なんやかんやと同居人になったアルスがいた。


「キュウ!」


「うん、お帰りアルス」


 この子を飼ってから数日。最初の頃に比べれば距離感が短くなったような気がする。

 あの時は気味悪いとか返品したいとか思っていたけど、今はそうでもない。ただ非常に仲が良いというと微妙な所。

 

「キュウウウウウ!」


「ああ、ちゃんと買ってきたよ。今あげるから」


 学校帰りの後にスーパーに寄っていたので、アルス用のミネラルウォーターも買っておいた。

 すぐにアルスに掛けると、それはもう美味しそうに飲んでくれている。何だが苦笑いが出てしまいそうだ。


「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ」


「はい、これでおしまい。……ああ、後、なるべく鳴き声は発しないようにしてくれるかな?」


「?」


 アルスが「何で?」とばかりに首をかしげてきた。


「実はここの大家さん、ペットが苦手なんだよ。アルスは一応植物なんだけど、もしペットとして扱われたら追い出されるかもしれなくて……だからなるべく声は小さくしてくれると嬉しいけど」


「……キュイ」


 どうやら聞き分けはいいみたいだ。

 何というか、教室にいる時よりもアルスといた方が気楽なのかもしれない。それに今でも男子のニヤケ顔が頭に浮かんでくる……。


「……全く……」


「……キュウ?」


「ああ、ごめん。ちょっと学校でドジ踏んじゃって……私って本当に駄目な奴だなぁって」


 話し相手が欲しかったのだろうか、思わずアルスに愚痴を言ってしまった。それをしてもどうしようもないのに。

 もう落ち込むのはやめにしよう。ごはんの準備をしようと私は立ち上がった。


「ん?」


 ただ立ち上がろうとした私を、アルスが葉っぱで掴んできた。

 大きな口を伸ばして私の顔に近付いてくる。何かされるのでは少し引いてしまったけど、すぐにそれは違うと分かった。


「アルス……」


 私に対して頬ずりをしてきた。これは……アルスなりに私を慰めているのだろうか。

 

「……ありがとう、アルス」


 やっぱりこの子は優しいんだ。私は頬ずりしてくれるアルスを抱き締めた。


 何だが暖かい気分。身体に暖かい物が巻きついて、動く事が出来なくて……出来なくて?


「!? ちょっ、ちょっ!?」


 自分の身体を見てギョッとしてしまった。

 身体中にアルスの触手が巻きついて……身動きが出来ない!?

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