第4話 返品するには最も屈辱的な行為で
夜寝る時、アルスをキッチンに置く事にした。
自分の部屋に置いたらいつ襲われるのか分かったものじゃない。ましてやあの口は人の頭を丸呑みに出来そうだ。そう考えると本当に怖い。
そのせいか中々寝付けず、寝たのか寝てないのか分からないまま日曜日になってしまった。
「お願いします……返品お願いします……」
「いや、そんな土下座をされても……」
『ビランテ』に立ち寄った後、もう一回返品の要求をする事になった。土下座で。
植物を捨てる事すら出来ないし、もうこうするしかないんだ……! アルスの恐怖から逃れるなら何度でもします……!
「それに沢口さん、ちょっとだけ目に隈が出来てますよ? 可愛い顔がもったいない」
「どの口が言うの……じゃあメロ君のお母さんとお父さんは? そっちに話付けるからさ」
「両親は元の世界にいます。ワタクシ一人だけがこの世界に来ました故に」
「……じゃあどうすればいいの……」
詰んだとはこの事か。多分、今の私は涙目になっていると思う。
メロ君がしばらく私を見つめた後、やれやれと首を振る。それで私の所に近付いて肩を叩いてきた。
「沢口さん、ペットは責任持って最後まで世話しましょう」
「いつからペットになったの!?」
ペットじゃなくて観葉植物だよね!? 動くけど!
この日も駄目だったのでもう引き下がるしかなかった。一応メロ君は「分からない事がありましたらいつでも相談して下さいねぇ」と言ったものの、私はただ恨めしい目で見るしかなかった。
それで浮かない気持ちのままアパートに帰宅。
あれから部屋に隅っこで体育座りし、憂鬱な時間を過ごしてしまった。多分傍から見たら死んでいる顔をしているだろう。
アルスの方は隣で鳴き声を出しているけど、私は全く返事する気にもなれない。これからどうすればいいのかとかそんな事を考えてばっかりだ。
「何か飲もうかな……」
喉が渇いてきたので冷蔵庫に向かう事にした。
確かミネラルウォーターがあったからそれにしよう。にしてもまだ憂鬱が残っていて気が重い。
全く……何が癒し効果が……
――ズリ……ズリ……。
ん? 何だろうこの音……ってアルスがこっちに向かってくる!?
顔で床を掴みつつ植木鉢を引きずってきている。そのまま私の足元に近付くと、口で甘噛みしてくる。
「な、何なの……?」
「キュウ。キュウウウ」
「……えっ? もしかしてこれ?」
甘噛みをしては時々顔を上げてくる。それもペットボトルに入ったミネラルウォーターを見ながらだ。
植物にミネラルウォーターって大丈夫なんだっけ?
でも確かメロ君が「ミネラルウォーターでも大丈夫」とは言っていた。多分だけど動物の性質があるからそういう事なんだろうと思う。
ひとまず私はミネラルウォーターを出して、アルスの土に掛ける事にした。
「………………」
――バシッ!!
「アウチィ!!?」
葉っぱでビンタされた!? 生まれて初めてだよ葉っぱでそうされたの!?
って何で怒られなきゃいけないの!?
「な、何っ!?」
「フッ、フッ」
今度はそのビンタした葉っぱで自分の口を示していた。
ああなるほど、普通の動物のように口でという事か。やっと分かったので、その口にミネラルウォーターを流し込む。
「ゴクゴク……ゴクゴクゴク……」
大きな口で文字通りのがぶ飲み。美味しそうに飲んでいますね本当。
はぁ……まさか植物にビンタされる日が来るとは。そもそもこんな事が後々起こるのだろうか。
私、この子を世話できる自信がない……。
「ゴクゴクゴク……ゴクン。キュウウ! キュウウ!」
「……美味しかった……って言いたいのかな?」
「キュキュウ!」
私の言葉に、そうだと言わんばかりの返事をしてくる。
何かもう、本当にペットみたいだ。動物というか植物なんだけど。
「キュウ!」
「わっ」
急にアルスが私に寄ってきた。スリスリしているって事は、甘えているのかなこれは。
それに花が付いている訳じゃないのに甘い香りがしてきた。あまり嗅いだ事がない変わった香り……でも何かホッとするようなそんな感じがする。
「……アルス」
「キュウ?」
私が声を掛けると、その顔を上げてくる。
不気味に思えた顔なんだけど、何でだろう、今はそこまで思っていない。しかも変な気持ちもしてくる。
例えるなら……そう、人懐っこい子犬を相手するような感じ。
一度も犬飼った事がないけど、もしいたらこんなんなのかな。そう思うほど、アルスって可愛いのではと思ってしまう。
「アルス、水もっといる?」
「キュウ!」
もう少し様子見をするのもいいかもしれない。
さっきビンタされたりと散々だったんだけど、だからといって手放すのは最低だと思う。もう少し時間を掛けて、この子を見ていきたい。
「ゴクゴクゴク…………ゲエエエエェェップ」
ゲップがおじさん臭い……というか植物なのにゲップするんだね……。
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