第120話


「嫌ですのォォォ! わたくしもレオ様と一緒に旅をするのですわ!」


 旅立ちの港では、別れを惜しむ声をよく聞くものであるが、その日響き渡る声には決死を超えた恐ろしいほどの念が込められていた。

 見るからに一級品と分かるドレスを身に纏った美しき少女が、男どころか女すら魅了しかねない肉体美を持つ女性に羽交い締めされている光景は、傍から見ている分には興味深いで終わるのだが、その渦中に入ればたまったものではない。


「だぁからぁ! ウチらはあくまでも王様の命令で動いているんですよぉ! ウチらまで戻らなかったらそれこそ後が面倒なんですってぇ!」


「ではディアナだけ戻ればよろしいのですわ!」


「親馬鹿な王様が納得するはずないじゃないですかぁ!」


「レオ様! レオ様もわたくし達が一緒の方が心強いですわよね!」


「う、うん。でも、ディアナさんの言うことも分かるし……」


「レオ様はわたくしが邪魔だと仰るのですか!?」


「そういうわけじゃ……」


「ほら見なさい! レオ様だってわたくしと一緒に居たいと仰ってくださっておりますわ! 勇者の言葉を何と心得るのですの!」


「無理やり言わせるのは恋愛的にマイナス要素だとぉ……、それより、レオくぅん、今回だけはきっちりはっきり断ってよぉ」


 最後まで足掻こうとするマリナとは真逆で母親であるアドラの機嫌はとても良かった。いつもならレオが困って入ればすぐに助けるはずが、船に荷物を運びこむことを優先させるほどである。


「あれは放置してて良いのかい?」


「あれで道理は分かっている方だよ。レオに迷惑かけると分かってまでついて来るほど馬鹿なガキじゃねえ」


「マリナといっしょはできない?」


「あいつにも立場があるからな。お互い生きてりゃどこかで会えるさ」


「さびしい」


「いつでもどこでも一緒が友達じゃねえんだよ」


「今のうちにちゃんと話しておいで、準備はお父さんがやっておいてあげるから」


「おー」


 とことこと走っていく娘の背中を優しそうに見つめるクリスティアン。を、呆れた様子で見ているアドラは、頭の中の言葉を口に出してやるほど優しくもなく。


「良いからとっとと運べ」


「ぐぉ!? お、重い……ッ」


 代わりに、大量の荷物を彼に預けた。


「たとえ離れ離れになってしまおうとも、このマリナ! いついかなる時もレオ様のことを想っておりますわ! そのこと、そのことをどうかお忘れなきよう!」


「ありがとう。二人もどうか気を付けてね」


「はぅわ!? き、聞きましたかディアナ! レオ様がわたくしに気を付けて、と! 気を付けてと!!」


「そうですねぇ、ばっちり二人もって言ってたのはスルーしてますねぇ」


 レオとディアナによる説得の甲斐があり、ようやくマリナも別れることを了承していた。とはいえ、了承していることと納得していることは別なようで変わらずディアナによって羽交い絞めされているままである。解放すれば一目散に船に駆け込むであろうというディアナの予想は確実に間違っていない。


「ご安心くださいませ! レオ様はまったく別の方角へと向かって言ったと父には伝え、そしてすぐにわたくしもレオ様のあとを追いますわ!」


「別の場所に行ったのに、そことは別の方へウチらが行く不自然さとかどうするつもりですかぁ」


「そんなものはディアナが何とでもしますわ」


「うへぇ」


「うん、ごめんね。二人には迷惑をかけちゃうけど、本当にありがとう」


「良いよぉ、レオくんが謝ることふべっ」


「レオ様のためとあらばこのマリナ! たとえ火の中水の中! 世界を敵に回そうともこのマリナはいつまでもレオ様の味方ですわ!!」


 ディアナを押し退け存在しない胸を張るマリナに、さすがにディアナの眉間に怒りマークがこみあげ始めていた。

 海へ投げ捨てられかねないマリナを救ったのは、海風に帽子が奪われないよう抑えながら駆けて来た少女の存在だった。


「おー、マリナ、ディアナ」


「やぁやぁ、荷物運びはもう良いのぉ?」


「おー、パパとアドラがやってくれてる」


「はは……、娘から離れるとか何考えてんだろうね、君のお父さんはぁ」


「おー?」


「こっちの話ぃ」


 アドラにこき使われている男の姿を遠目に、ディアナは苦笑する。殺そうと思えば、羽虫を殺すよりも簡単に殺せてしまう魔王という存在を目の前に、それでも動かない自分になってしまっていることに彼女の苦笑は更に強まった。


「ふたりといっしょじゃないの、モニカはさびしい」


「ありがとねぇ、そう言ってくれて、ってあのさぁ、モニカちゃんが話してますけどぉ?」


「え? あら、貴女いつの間にいたのですの」


 レオに夢中に、かつ一方的に話し込んでいたマリナが本当にまさしく今モニカに気付く。見上げられて重なった視線に、ディアナはため息ひとつでマリナを解放した。


「さっき」


「残念ですが、ここでお別れですわ。貴女、少しは一人で自分のことできるようになりなさい」


「……おー」


「やる気ありませんわね」


「そんなことない」


「では、こちらの目を見て言いなさい。まったく、……言っておきますが!」


 びしり!

 モニカの鼻先に着きつけられた小さな指と彼女を捉える大きな瞳。


「わたくしが居ない間にレオ様に変な事は決して!! しないようにですの!!」


「おー?」


「し! な! い! ようにですの!」


「おー」


 内容をまったく理解していないものの、勢いに負けて頷くモニカにマリナはとても満足そうだった。


「それはそれとして、少し耳を貸しなさい」


「おー?」


「良いですの、わたくしが居ない間にレオ様にどれだけわたくしが素晴らしいかを説明しておくのですの」


 女の子二人による可愛らしい密談を見てられず、律儀に聞かないよう距離を取るレオを抱きしめて遊んだディアナは、すぐに飛んできたアドラとマリナによるタッグと一戦を交えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王のパパと勇者のママと @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ