大海原へ

第118話


 あれほど溢れかえっていた人が姿を消し、港はまた別の喧噪で支配されていた。

 日々水揚げされる魚を運び、売り、また運ぶ。生きるための商いで漁師、商人の役割を持つヒト族が行き来する。

 アドラ達が目的とする北西へ向かう船がしばらくなかったため、祭りが終わってから四日ほど彼らはこの港町で足止めされていた。


「おにく……」


「魚の方が安いんだ、我慢しろ」


 魔族の噂に時折兵士がやっては来るものの、賢者ディアナ、聖女マリナの二人がとっている宿まで調べる度量のある者など存在するはずもなく、久方ぶりに羽を伸ばすことが出来たが、ただ一人お肉大好きモニカだけは一切肉気のない食事にすっかり元気をなくしてしまっている。


「モニカちゃん、ほら。このお魚とっても美味しいよ?」


「おー……」


「ああぁぁあ貴女ッ! レオ様に料理を取り分けッ! 取り分けさせッ! なんて羨ま、じゃなくて! なんという無礼な! わたくしだって、わたくしだってぇ!」


「あ、マリナちゃんもどうぞ」


「はぅわ!? レオ様から取り分けて頂いたこの料理! いえ、これはもはや料理ではなく今この瞬間から国宝となりました!」


「食べないならもらうよぉう」


「でぃぃあぁななぁあああああ!!」


 六人も居れば自然と食事は騒がしくなってしまうものである。他人の目を気にして食事を自分たちの部屋で取っているため尚更である。

 ともすれば行われる毎度の騒がしさ。だいたいがディアナとマリナのせいなのであるがこれでも彼女たちは賢者と聖女だ。


「そもそも貴女がもっとしっかりしていないのが原因なのですわ! シャキっとしなさい!」


「おー」


「ああ、もう! また口元を汚して、みっともないですわ!」


 ディアナ達と一緒に過ごすうちに一番大きく変わったことといえば、モニカの世話役がマリナになったことであろう。

 旅の間は父親であるクリスティアンやなんだかんだ言って世話焼きなアドラが面倒を見ていたものだがそれがすっかりマリナの役目になってしまっていた。


「レオが言ったこととはいえ、聖女が魔王の世話をするとか良いのかよ」


「あの子は一人っ子だしぃ、同世代と一緒に遊ぶ経験とかもなかったからねぇ。妹が出来たみたいなノリなんじゃなぁい?」


「聖女もそういうものなのかい? モニカも、同世代で同性の友達が出来たみたいで楽しそうだよ」


「あれは聖女でかつ王族の娘だからな」


「じゃあ、王族から特別な役割を持った子が生まれたのかぃ? 珍しいんだね」


「は?」


 ノックの音がした。

 あらかじめ伝えていたおかしなリズムでされるノックは、この宿の主人が行うものである。


「はいはぁい」


 魔族親子が角を隠したのを確認してから、代表のディアナが扉を開ける。

 通常の二倍ほどの金額を渡した店主は、それはもうホクホク顔で商売人スマイルだ。


「これはこれは賢者様。お食事のところ誠に申し訳ございません」


「別に良いよぉう。それよりぃこのタイミングで来たってことはぁ」


「はい! おっしゃられておりました北西行きの船の手配が上手くいきまして、そのご報告となります。つきましては……」


「はいはぁい。んじゃ、ウチはお金の話してくるよぉう」


 御手をすりすり。

 ニコニコと店主はディアナと二人で階下へと降りていった。このあと行われる金銭の取引で更に店主はにこやかになるのだろう。

 金額はもとより、賢者と聖女を助けたというのは大変な名誉で、宣伝文句となるのだから。


「やっとこれで動きだせる」


「おー、モニカははやくおにくがたべたい」


「でも、船に乗るからまだしばらくはお魚のほうが多いと思うよ?」


「ぜつぼうした」


 ふらふらと寝所に倒れ込むモニカを子ども二人が必死で宥めているなかで、残った大人二人は今後の話をしていく。


「例のナタリーって女が動くとして、どれくらいかかると思う」


「うぅん……、いくら彼女でも魔力切れを起こしている状態から魔族領まで戻るにはそれなりに時間がかかるはず。更にそこから行動をするにしても報告やらなにやらがあるから」


「船が向こうに着くまでは稼げそうか。また勝手に動く可能性は」


「零とは言わないけれど、そういったことを止めてくれる知り合いがいるから。多分は大丈夫だと思うよ」


「逆に言えば次来るのはちゃんと考えられた連中ってわけだ」


「なんとかエーデルかサンドラ様と連絡が取れれば良いんだけど」


「どこぞの阿呆が何も考えずに出てきたからな」


「すいませんでした……」


 恒例と化しているクリスティアン弄りを終えて、アドラはこの街で手に入れた地図を机に広げた。


「さて、今後の話でもするか」

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