閑話 魔王のパパのお友達

第117話


「勇者に操られていただァ!?」


「しーッ! 馬鹿、ドグラス! 声が大きい!!」


「貴女もよ、ナタリー」


 机を挟んで前のめりになる男と女、そんな二人にため息を零すもう一人の女。

 三人の男女に共通するのは額に生える立派な角。彼らは、三人とも魔族だった。


「その話……、本当なんだろうな」


「あっちがこの目で見て来たんだよ、嘘なわけないじゃん」


「貴女のことを信頼しているからこそ疑っているのよ」


「えぇ!?」


 幼さの残る顔が驚愕で歪むのを、全身を筋肉で覆った大男が馬鹿笑う。その後、机の下で繰り広げられる足蹴攻防に再び女はため息を零した。


「早とちりは貴女の専売特許でしょう。本当に、操られていたというのね? あのクリスティアンが」


「だって勇者と一緒に居たんだよ! それ以外に何があるというのさ!」


「今回ばかりはナタリーが正しいんじゃねえか? それでねぇならヒト族と行動するはずがねえだろう。いくらあいつが変だと言ってもよ」


 魔力を枯渇させ、全身傷だらけでナタリーが帰ってきたのが二日前のこと。

 駆け寄る友人に「モニカっちを見つけた」とたった一言残して彼女は気絶し、ついさきほどまで寝入っていたのだ。


 すぐさま軍を総動員させようとしたドグラスを制止させたのは、となりにいる女、エーギルであった。


「クリスティアンもだが、なによりモニカ様が心配でならねえ! なあ、エーギル! もう充分だろう! 二人を助けに行こう!」


「落ち着きなさい。真偽はどうあれ、本当に操られているのだとすれば逆にしばらく命は無事ということよ。下手に動いてヒト族を刺激する方がまずいの」


「ナタリーと出会っちまってんだからもう待っていても仕方ねえって!」


「うぐッ」


「先走ったナタリーへの説教も含めて、私たちだけで決めて良いことではないわ。サンドラ様とのお時間をこのあと頂いているからそれまで待ちなさい」


 それでもすぐに動きたいドグラスは何度か口をパクパクと動かすが、エーデルの言い分に反論することは出来ずに、苛立ちまじりに座りなおす。悲鳴をあげる椅子が可哀そうである。


「……やっぱり怒ってた……?」


「当たり前よ」


「当たり前だろうが」


「うわぁぁぁ……」


 誰よりも優しく誰よりも恐ろしい女性が笑顔のままで淡々と怒る様を想像し、ナタリーは頭を抱えて小さくなるが、それを慰めてやるつもりは二人にはなかった。

 ナタリーが一人で飛び出してから、追いかけようとするドグラスを必死で止めたエーデルも本意では追いかけたかったのだ。それが出来ず、どこで何をしているか生きているかすら分からず、死に体で帰ってきた友に少しはこちらの心配を思い知れと思ってしまうのは仕方のないことであろう。


「いつ、操られちまってたんだろうな」


「まだ決まってないわよ」


「俺がもっと傍に居てやれば」


「貴方は前線でやるべき義務があった。私にも、ナタリーにも。そこに誰の責任があるというの」


「……大丈夫」


 巨体に反してナイーブなドグラスが産み出し続ける重い空気を、ナタリーの声がかっさらう。さきほどまで頭を抱えていたとは思えない、瞳の強さがあった。


「あっちらで、助けよう」


 額の角と同じく燃える炎の瞳。

 負けて帰って、より一層強まる意志を宿したその瞳。


「だから、大丈夫だよ」


 かつて、自身の力の無さに嘆いたか弱き少女はもうそこには、


「だから勝手に行動したお前が偉そうに言ってんじゃねぇよ!」


「ほややひえほえぇッ!?」


「千切れるまで引っ張りなさい」


 それから約束の時間まで、ドグラスとエーデルによってナタリーはひたすらに怒られ続けた。



 ※※※



「――以上となります」


 魔王城には大小さまざまな部屋が用意されている。

 そのなかでも、ごく限られたものしか入ることを許されないエリアの、更に制限が加えられた特別な私室。


 質素に見えながらもひとつひとつが最高級品で揃えられた部屋の主は、信頼する部下の報告に小さく頷いてみせた。


「ご苦労様です。エーデル、貴女の見解を聞かせてもらえますか」


「モニカ様、そしてクリスティアンが勇者一行と行動を共にしていることは間違いないかと。ですが、本当に操られているかどうかは判断がつきません」


 頬を真っ赤に染め上げたナタリーが、エーデルの報告に不満顔をするものの、さしもの彼女も場を読み、すぐに声を挙げることはしない。


「わたくしも同意見です。ですので、にしてしまいましょう」


「承知致しました。では、人員はこちらで選ばさせていただいても宜しいでしょうか」


「ええ。それが良いでしょう。なにかあれば、サンドラの命だと」


「はッ」


「それと、ナタリー」


「は、い!!」


 裏返った声に固まる身体。

 敬愛すべき御方に向けられた視線でナタリーはすでに泣きそうだった。


「心配したのですよ」


「申し訳あ、ありませんでした!! その、あの!」


「心配、したのですよ?」


「ご、……ごめんなさい……」


 子どもかと普段のように突っ込むことも出来ず、だからといって固まる友の背中を押してやることもできず、ドグラスはいま出来る精一杯をするだけである。つまりは、心の中で合掌していた。


「モニカ様にクリスティアンが居なくなり、貴女まで。どれだけわたくし達が心配したか分かりますか」


「は、い……」


「いいえ、分かっていません。罰として」


「罰!? ま、待ってください!」


「おやつ抜きです」


「いやぁぁぁ!!」


 泣き崩れていく友に、だから子どもかよと突っ込まずにいられた自分をドグラスを褒め称えたのだった。

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