第116話


「逃げたもんは仕方ねえ、魔王が勇者と一緒に行動しているってバレるのもどうせ時間の問題だったしな」


ひゃらならほほはへはふふひふほうははひゃったんひゃここまで殴る必要はなかったんじゃ


「おー、パパのかおおっきい」


「そうですわね! 起こってしまったことをとやかく言っても仕方ありませんわ」


「そうとでも言わないと逃がした失態で怒られるもんねぇ」


「貴女も同罪ではありませんかッ!!」


「それなんだけど」


 五人の視線を集めたのはレオの発言。

 顔がパンパンに腫れ上がったクリスティアンへ包帯を手渡しながら、彼は不安そうにマリナとディアナへと視線を向けた。


「僕たちがおじさんとモニカちゃんと一緒に居ることは秘密にしておいてほしいんだ。だよね、ママ?」


「そうねぇ……、ほとんどバレているんだろうけど……」


「ぶっちゃけバレバレかなぁ」


「お任せくださいレオ様!!」


 秘密がすでに秘密ではないため、そんなお願いをする必要はないのだが、そんなことは恋する少女には関係のないことである。

 敬愛する勇者からのお願いに、一人マリナは鼻息荒く返事する。


「このマリナ! たとえ拷問に苦しめられようともレオ様のためとあらばこの秘密、墓地にまで持って行く所存でございますわ! ディアナもよろしくて!!」


「良いんですけどぉ、だからそもそもバレて」


「ありがとう、マリナちゃん!!」


「ひゃぅわぁぁ!! レ、レオひゃまがわたくひの手、手ををををッ」


「聞いてないかぁ……」


 レオに手を握られてゆで蛸へと変貌するマリナとそれを見逃せないアドラの醜い戦いを背景に、傷む顔をさするクリスティアンがディアナへ怖ず怖ずと声をかけた。


「私たちが別方向へ言ったと嘘の情報を流すことは出来ないだろうか」


「それをするほどウチらはお人好しでもなければ、やってあげる義理もないわけでぇ?」


「そこを、なんとか」


「……そんなに言うなら、レオくんに頼めば良いんじゃなぁい? ウチは役割上、マリナ様は、あんな感じだから彼の言うことには従うけどぉ」


「そうするのが手っ取り早いんだろうが、頼み事をする相手にそんな卑怯な真似は出来れば取りたくはないかな」


「洞窟の時も思ったけど、青いというか馬鹿というか、まあ間抜けだよねぇ」


「おー? パパはあたまだけはよいってみんないってた」


「まさにその通りで頭だけは良いんだねぇ」


「おー?」


 不思議がるモニカの頭をディアナが優しく撫でる。彼女の表情には、モニカを憎むべき魔族であると捉えている様子などまったく見られなかった。


「洞窟での話はウチも聞いていたよぉ。面白い、考え方だよね」


「……」


「役割上それなりに知識はあるほうだけど、そんな考え一度も見たことがないんだよぅ、でも、聞いたあとだと、一度もその考えが世に出ていないことが気持ち悪くて仕方がない」


「昔の魔王様の日記を除いて、魔族側でもそのような書物を見たことがない」


「つまりぃ、その日記を読んで初めてお兄さんは役割というルールがおかしいと思えたってわけだ」


「ああ」


「じゃあ簡単な話で、誰かが逸らしているんだろうね。誰かは知らないけれど」


「眠らずの丘のことは知っているだろうか」


「さぁ? ウチには教えたくない連中が色々邪魔してくれちゃってねぇ、おかしな装置があったことぐらいしか把握出来てはいないよぅ」


 笑う彼女の言葉はつまり、あの場で彼らが見たこと程度であれば全て知っていることを示すもの。

 それらを踏まえて、


「それでも、ウチが味方する理由はないよねぇ?」


 彼女の役割は賢者である。

 この世界の数ある役割のなかでも上位に位置する。選ばれた役割を持つ者。


「ここでドンパチする気はないよぅ、レオくんも居るしね。でも、じゃあ仲良しになりましょうとなるなんておかしいよねぇ」


「モニカは」


「うん?」


 下がる視線とかみ合う視線。

 危ないと苦笑してしまいそうになるほどまっすぐで可愛らしい瞳がそこにある。


「モニカは、ディアナともなかよくなりたい」


「そっか」


「おー」


「役割を自覚していないから。と言われてしまえばそれまでだけど、この子はヒト族と敵対しようなんて考えてはいない。世界の異常性に気付いてから、私も理由なく君たちヒト族を恨めない」


 上がる視線とかみ合う視線。

 馬鹿だと笑ってしまいそうになるほどまっすぐで愚直な瞳がそこにある。


「この子が幸せに生きる未来をつくりたい」


「実際に接したからねぇ、可愛い子だと思いはするけどねぇ」


「助けてほしい、この通りだ」


「おー、このとおり」


 魔族がヒト族に頭を下げる光景など、賢者であるディアナですら初めてである。父の真似をするモニカも帽子を押えて頭を下げる。


「それだけ真剣に魔族の友人に話しておけば、今日みたいなことは起きなかったんじゃないのかなぁ」


「うぐッ」


「見知らぬ他人だから言えることがあるってのは……、分かるけどねぇ」


「君の、言う通りだ……。今日のことは、すべて私が招いたことだ」


「役割の否定ねぇ……、まあ、それもまた一興かなぁ」


「それじゃあ……!」


「ウチにはウチの生活があるからねぇ、全面的なんて期待しないでよぅ?」


「あ、ああ勿論だ! ありがとう! アドラ! ディアナさんが、アドラァ!?」


「おー……ッ!」


 いつの間にか本格的なバトルへと発展しそうになっている二人を必死でレオが止めるという末恐ろしい光景にクリスティアンは慌てて、モニカはとても楽しそうに駆けていく。


「…………」


 そんな愉快な光景を目で追いながら、


「どうしようかなぁ」


 ディアナは小さく呟いた。



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