第115話


「なッ! どッ! えッ!」


「なんと言うかぁ……、まぁそのぉ」


「お待ちなさい!? その反応、まさか貴女は彼女が魔王だということを知っておりましたの!?」


「今はそんなことどうでも良いと思うんですよねぇ」


「どうでも良くありませんの! あ、貴女いったい自分がどんな立場に居るのか理解しているのですかっ! こ、えっ、えぇぇ!!」


 さりげなくディアナはマリナとモニカの間に陣取るように立ちふさがった。モニカの姿がマリナの視界から消えた瞬間に、クリスティアンが娘を抱きかかえて距離を取る。

 思いもよらない情報に混乱するマリナには大人二人の行動など分かるはずもなかった。


「あー、ほら。あれなんですよぉ、彼女が魔王なのを黙っていようとなったのはレオくんの案でしてぇ」


「……レオ様の?」


 離れた場所に居るアドラの眉間の皴がぐぐっと寄るのを見もしないで感じ取りながらその上でディアナは気にせず話をでっちあげていく。


「なんといいますかぁ、レオ君はただ魔王を退治するんじゃ駄目でぇ、それこそきっとあー、魔王をどうにか救ってあげようチックなサムシングでぇ」


「ぐだぐだじゃねえか」


「そ、そんな明らかな嘘話を信じられるはずがないでしょうっ! いいから今すぐに彼女を」


「本当だよマリナちゃん! 僕がディアナさんに頼んだんだよ!」


「さすがですわレオ様ッ!!」


 今しかない。話の流れを読み取ったレオがディアナのフォローに回れば、手のひらがねじ切れんばかりマリナは意見を変える。


「はやッ!?」


 だけではなく、ディアナが捉えられないほどの速さで瞬時に距離を取っていたレオのもとにまで駆けつけていた。そんな彼女の瞳には分かり易くハートマークまで浮かんでいる。


「わたくし感動致しましたわッ! レオ様がそこまで深くお考えになっていたなんてっ!」


「えぇ、と……ちなみにどんな深い考えがレオくんにはあるのかなぁ」


「貴女は賢者ですのにそんなことも分からないのですの! 良いですか、勇者とは弱者を守る存在ですわ。確かにわたくし達ヒト族を脅かす魔族、そしてその王たる魔王を滅ぼすは勇者の役目。ですが真の勇者たるレオ様は魔族までもその手で救い助けようと仰っているのですっ!!」


「へぇ……」


「ぁあ……ッ、なんとお優しいのでしょう! このマリナ、レオ様の聖女である幸せを今一度再確認致しましたわッ!!」


「ぁ、う、うん。あ、ありがとう?」


「はぅッ!! こちらこそありがとうございますですの! レオ様がお生まれになりそこに生きて頂けているだけでこの世界全ての生きとし生ける者は感謝すべきなのですわ! ああ……、ああ、レオ様っ! もう我慢なりませんわ、このまま城に戻って挙式、……あら」


「その辺にしとけよ?」


「居たのですか」


 レオが引いてしまうほどに暴走を始めたマリナを止めたのは、彼女の首筋に大剣を向けるアドラであった。


「おお? その歳でもう老眼かよ。こりゃこんな役立たずはレオの仲間にゃ百年経ってもなれねえわな」


「面白い冗談ですわね。いまこの場で貴女を叩きのめして牢にぶち込んでも宜しいのですよ」


「はっは、それこそくだらねえ冗談だな。お前にンなこと出来る腕前もねえくせによ」


「おっほっほ」


「あっはっは」


「助けてディアナさん……」


「ごめんねぇ……」


 にこやかに笑い合う女性二人に挟まれて小さくなるレオを助け出すことなどさすがのディアナにだって出来るはずがなかった。そんな真似が出来るのは、勇者か馬鹿者ぐらいである。つまり、


「あ、あのぉ……、ちょっとだけ良い、かな」


 クリスティアンは前者ではないために後者なのかもしれない。


「殺すぞ」


「埋めますわよ」


 彼のほうを見ることもなく発せられる二人の殺気にすでに心が折れそうになりながら、それでも彼はぐっと逃げそうになる身体に鞭をうち堪える。もしかしたら前者なのかもしれない。


「その、ナタリーが……、逃げたんだけど」


「はァ!?」


「いつの間にっ!?」


「いや、君たちが睨み合っている間に」


「言う暇あったら捕まえとけやこのボケェ!!」


「あぐばッ!?」


「ディアナ!! 貴女もなにをぼうっとしていたのですのっ!!」


「正直、めんどうくさくって」


 彼女を括り付けていたはずの縄が引きちぎられ無残な姿となって地面に転がっている。そこに居るはずのナタリーの姿はもうどこにも見当たらなかった。


「おー……? おー……」


「どうしたの、モニカちゃん」


 アドラがクリスティアンへ八つ当たりを実行中なために自由の身となったレオは、帽子を抑えたままどうしてか嬉しそうなモニカへと疑問の声を投げる。


「みんななかよし」


「「どこがだ(ですの)!!」」


 一寸違わず同じタイミングで返ってくる二人の返事に、モニカは小さく微笑んだ。

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