第111話
ガンガンと脳内を叩かれる鈍く重い痛みが走り続ける。魔力切れを表す痛みは、命に関わる危険が迫ると身体からの忠告だったが、それを彼女は無視して動く。
逃げるのをやめた巨剣の女へ放たれた腕の一振りは、確実に彼女を命を刈り取るもののはずだった。それをまさかいなされ、剰え関節に一撃を与えられるなどとは考えもしていなかった。
身体を包み込む魔力が、彼女の魔法を溶かしていく。解呪の呪文だと分かっていても、抵抗する魔力も体力も彼女には残っていなかった。
薄れゆく意識のなかで、解呪の呪文を唱えた女が抱える小さな少女の顔を……。
「…………っ……」
負けた。
暗闇の中で、縛られている感触からナタリーは全てを悟る。
それでも、どうにかしてモニカを救い出さなければいけない。使えるものは全て用いる。自分の命すらも。
覚悟を決めた彼女が、ゆっくりと瞼を開くと、
「だから話を聞いてくれ!?」
「どぉ思ぉ?」
「
「アドラぁぁぁ!!」
魔女裁判よろしく。焚火の中央に建てられた磔棒に括り付けられたクリスティアンが命乞いをしている状況だった。
「ええぇぇぇええええッッ!?」
せっかく気絶している間に回復した体力は、あまりの光景に対する叫びで使い果たしてしまうのだった。
※※※
ディアナの魔力が消えたそこには、赤毛の女性が倒れ込んでいる。さきほどまで戦っていた女性と雰囲気がどこか似ているようで見た目が異なる女性。
切れ目がちでどちらかといえば冷たい印象を受けていた女性の顔は、丸顔で垂れ目な幼い印象を受けるそれへと変化している。そしてなにより、彼女の頭には、まるで炎を宿しているかのように時間で色を変化させ続けている紅玉色の美しく立派な角が生えていた。
「ほらねぇ? やっぱり魔族だったよぉ」
「変化魔法使っていた上に重ね掛けで変化魔法使ったってのか? ンなこと可能なのかよ」
「ウチなら出来るかなぁ」
ディアナの返事はつまり、相当に高度な魔法技術である証拠。
気絶している彼女の身体を調べ上げたアドラはあっという間に縄で縛りあげてしまった。
「特に変な物は持ってなかったよ」
「ま、ママッ!」
ディアナの腕の中から飛び出して駆けてくる息子の姿に、アドラの背後でひまわりの花が咲き誇る。むしろ息子より彼女のほうが先に間合いを詰めてかっさらうかの如くで彼を抱きしめた。
「れおぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉおぉぉ!!」
「ぁあぁぁぁああぅあうぁうあ!」
「怪我はない!? ごめんね、ママが一緒に居なくて本当にごめんね! よく頑張ったね、んーーっ! レオは良い子で強い子だよぉぉぉぉ!」
「適当なとこで戻ってきてよ~」
高速頬ずりによる煙がレオから湧き上がっているが、あそこから彼を助け出す余力が残っていないディアナは苦肉の策で勇者を見捨てることにした。ああ、勇者よ永遠なれ。
「さぁて……、先にこっちを片付けようかぁ……、あれ? そういえばさっきから妙に静かだけ」
「ナタリー!!」
「およ?」
倒れている彼女よりよっぽどボロボロになったクリスティアンが足を引きずり、片腕を支えながら走ってきた。
「なんだぁ、生きてたんだ」
「お陰様でなんとか……、ところでナタリーは……っ」
「この人のことぉ? 見ての通り捕まえたよぉ、魔力切れで気絶しているみたいだけど、多分まあ命に別状はないかなぁ」
「そ、そうか……、すまない、手間をかけたね」
「おー、パパ」
「モニカ! ああ、無事だったんだねっ!」
「パパ、パパ。あそこにいるのはナタリー?」
「ああ、そうだよ。ナタリーだ」
「うん? ちょい待て」
「あ、戻ってきた」
高速頬ずりを続けながら怪訝な顔をするという高度なテクを披露しつつ、アドラがこちらの世界に戻ってきた。
クリスティアンの怪我などそもそも気にも留めずに彼女は抱いた疑問を口にする。
「もしかして、こいつはお前の知り合いか何かなのか?」
「あ、ああ。実は……」
「そういえ、ぁぅ、ば、ぁぁぁ、ママが来るま、うぁぁ、えに、おじさんとおはなししてたよ、ママとめてぇぇ」
「へえ」
「ふぅん」
「おー」
女性二人と、単純に真似っこな娘からの視線を浴びながら、彼はしどろもどろに説明を行うことになる。
その結果は、
「つまりはてめぇがきっちり仲間内に説明してねえから起こったことじゃねえか!!」
「そのせいでウチらがどれだけ疲れたと思っているのよぅ!!」
「だからって磔は止めて、火あぶりはもっと止めてくれぇぇ!!」
「燃やせ、モニカ!!」
「おー」
「おー、じゃない! そこはおーじゃないよ、モニカぁぁあ!」
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