第109話


「いやぁ……、それにしても派手にやっているねぇ……、元気というか何というかぁ」


 被災する木々や石が見えない壁にぶつかっては大きな音を共に破砕する。まるで竜巻のそばにでもいるかのような光景をディアナは普段通りのお気楽さで眺めていた。


「あれに肉弾戦で良い勝負出来るなんて、いやいやさすがは魔族ってところだよねぇ」


「むーッ! む、むぅ!?」


「やんッ! もぉ、レオくぅん? そんなとこ触っちゃ、めっだよぉ?」


「だよぉ? じゃ、ありませんわ、このお下品賢者ァァ!!」


「はわぁ……」


「ぶはッ!?」


「貴女は……ッ! 人が目を離している隙にぃぃい!」


 前方だけではなく当然後方にも魔法障壁は張り巡らされていた。わざと綻びを作っていたとはいえ、それを簡単に突破してくる少女にディアナは密かに満足していた。


「(まぁ……、綻びがわざと作られていることに気づいてないところは減点かなぁ)」


 試されていたことなど知る由もないマリナは、目の前に広がっていた光景に怒りを爆発させている。漏れ出る魔力がオーラとなって彼女の美しい髪をうねり上げる。


「おー……、マリナ。それかっこいい」


「よ、よりにもよってレオ様っ! レオ様に、お、おぱっ、お、おおっ!」


「おっぱいが大きくて申し訳なぁい」


「むきゃぁぁぁあああ!!」


 マリナがマリナだった何かに変身しつつあるのだが、ディアナもモニカも気にしてはおらず、むしろモニカはこれからどうなるのかと瞳を輝かせている。

 そのため、可哀そうではあるが呼吸困難から復帰したばかりのレオくんを頼るしか他ないのだ。


「はぁ、はぁ……、びっくりした……、ありがとう、マリナちゃん」


「あ、ほらぁ、レオくんもこう言っ」


「勿体なき御言葉ですわ、レオ様!! このマリナ、レオ様のためならたとえ火の中水の中!」


「ていることだしぃって行動早いねぇ……」


「みえなかった」


 さきほどまでの形相が嘘のように清らかな聖女へと戻った。……、進化した? マリナが乙女のオーラを背負いレオへと駆け寄る。とはいえ、乙女に隠れた肉食獣の存在にレオが若干引いているのは見なかったことにしたほうが良いのかもしれない。


「う、うん……。それにしても、久しぶりだね、元気だった?」


「はぃ!! それはもう! いつ如何なる時でもレオ様の御役に立てるよう日々精進しておりました!」


「そうなんだ。やっぱりマリナちゃんはすごいね」


「はゥゥ!!」


「おー?」


「レオ様……ッ! レオ様の笑顔、ッ! 笑顔がわたくしに、ッ! わた、わたくひにひぃ! し、心臓がッ! 心臓が爆発しそうですわッ! ひ、く、ぐふぅぅ!」


「マリナ、だいじょうぶ?」


「んー、ある意味末期の病気だよねぇ……」


「あッ! モニカちゃん!」


「おー、レオぶじだった」


「それはこっちの台詞だよ! 勝手に居なくなってみんな心配したんだよ?」


「もうしわけない」


「ううん。でも元気そうで本当に良かったよ!」


「ありが」


「――こっちに来なさい」


 仲良くお互いの無事を確かめるレオとモニカの邪魔をするのは、原型がよくわからなくなったマリナだった何か。

 器用にモニカの影に隠れて姿をレオから見えないようにしておきながらも、モニカの首根っこを捕まえた彼女がずるずると魔法障壁の端までモニカを引っ張っていく。


「え、あ、ふ、二人とも……?」


「ぁあっと……、ちょぉっとだけ二人っきりにしてあげても良いかなぁ?」


 さすがに色々と不憫に感じたディアナがレオへとフォローを入れてくれるのだが、そんなことなど気にする余裕もマリナだった何かには残っていなかった。


「おー……、モニカもへんしんしたい」


「答えなサイ」


「……ぉ、おー」


「まサかとは思いますガ、あなタハ、レオ様と……、レオ様ト……」


「おー、モニカはレオとおともだちでいっしょにい」


「ごめんねぇ……!」


「るぅおおー?」


 二人っきりにしてあげて。そう言っていたはずのディアナが珍しく慌てた様子で二人を抱きしめる。すでに逆の腕にはレオを抱きしめた上で。


「あれはちょぉっと無理かなぁ」


 ディアナが大地を大きく蹴り出すのと、血まみれのアドラの肉体が魔法障壁へとぶつかるのはほぼ同時であった。

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