第108話


 大地すら粉砕する大剣の一撃を受け止め、切ることは難しかった。咄嗟に盾とした巨大な腕に亀裂が生じる。重力すら味方につけた一撃に支える足が悲鳴をあげる。


「っ、ぐッ! ち、チャマ ベェレ アッコ ピャウンレ!」


 重い一撃に肉体が沈みきる前に唱えた呪文がナタリーの左腕を細く鋭い槍へと変貌させた。

 相手を潰すはずだった一撃のベクトルを前方へと転換させ、大剣を軸にアドラの身体が回転しながらナタリーを飛び越える。ほんの僅かでも切り替えが遅れていれば、今頃彼女の腹には槍と化したナタリーの腕が突き刺さっていたことだろう。


 呪文を唱える隙を産む程度には手加減なしの一撃を耐えきったナタリーの胆力にアドラは舌打ちし、呪文を唱えきる前に攻撃から回避へ切り替えたアドラの戦闘慣れ具合にナタリーは唾を飲む。


「待ッ! 待ってく」


「邪魔だ!」

「どいてッ!!」


「れぶへらッ!?」


 一瞬即発な二人の間に飛び込んだ無謀、もとい、勇敢なクリスティアンはアドラに裏拳をぶち込まれ、ナタリーの巨腕に弾き飛ばされ星となる。合掌。


「わざとかそうでないかは関係ねえ。人の息子に手ぇ出したんだ。その命ぃ……!」


 大剣を構え直すアドラから立ち上る悪鬼羅刹なオーラを受けて、


「なるほど……、つまりはあんたが原因か」


 勝手に納得したナタリーが巨腕を大きく持ち上げる。

 まだこの時星となり飛んでいるクリスティアンに止める術などあろうはずもなく、


「ここに置いてけやァァ!!」


「唆したのはあんたかァァ!!」


 大剣と爪。

 ぶつかり合う力と力が生み出す衝撃に、周囲全てが吹き飛ばされるのであった。


「どッ! どどどッ」


 飛んでくる小枝に頭を引っ込めながらも、レオは少し離れた場所で木の陰に隠れて二人の戦い、というより、災害に近い何かを見守っていた。

 母が助けに来てくれたのは予想通りではあるものの、その前にナタリーとクリスティアンが会話らしきものを始めたあたりで彼の予定は大きく崩れ始めていたのだ。


「どうしよう……ッ」


 赤毛の女性とクリスティアンがまさか知り合いだと思ってもよらなかった事態に彼は幼い頭を回転させる。

 まずは離れた場所に居てもこの世の終わりのような破砕音が響き続けているあの戦いを止めることがなにより優先事項であるのだが、その方法が思いつかなかった。


「間に……、駄目だ。ママが止まるだけのあの女の人は止まらないし、僕もママも大怪我して終わるだけだよね……」


 隠れているすぐ隣の木に飛んできた巨石が激突し、大きな音とともに倒れ込む。


「……。うん、駄目だね」


 勇気と無謀は別物であることを母は何度も教えてくれた。ピンと来ていなかった事柄を鬼蜘蛛オグリージャとの戦いで痛すぎるほど実感したのだ。

 彼はまだ弱い。弱いからこそ。


「やっぱり飛んでいったクリスティアンおじさんを助けて、それで一緒になんとかしよう」


 頼ることを覚えた。


「……それまでにディアナさん達来てくれると良いんだけど」


「呼んだぁ?」


「え? ああ、うん。ここにディアナさんが居てくれたら良かったのになぁって……」


「えぇ~、そんなぁ、レオくんにそんなこと言われるとかちょっと嬉しいかもぉ」


「ディアナさん!?」


「はいはぁい、賢者ディアナでぇ~っす」


「いつか、はむっ!?」


 むにゅん。

 暖かく柔らかく良い匂いのする何かが驚く彼を包み込む。


「チャマ トゥゴ ナンジャンネ サウンチャ」


 バキッ、ゴッ!

 隠れていた木ごと襲い来る岩の塊が見えない何かに阻まれる。ディアナの魔力障壁のなか、の、更に安全な彼女の腕のなかで


「むーッ! むーっ!!」


 幼いレオは酸素不足で倒れそうなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る