第107話
「ぉぅ……ぅおげぇ……!」
「だ、大丈夫……? はッ! 弱ったフリをして逃げる気だな!?」
「だから説明させてって言って、るっ、おぇえ!」
港から人気のない林に来るまでの間だけでも、捕まえられたまま不規則に揺らされ、そしてさきほどの夢中でぶんぶんと揺らされてしまえば、今の彼のような状態になってしまっても仕方はないだろう。
さきほどまで氷の様に冷たく、鋭い瞳を放っていたナタリーは、今や弱るクリスティアンのそばでおろおろと狼狽えている。
彼女が幻覚魔法の優秀な使い手であるのは、クリスティアンと共に行った魔力操作のおかげではあるのだが、もう一つ。彼女が持ち合わす誰にも負けない想像力が起因する。つまりは、彼女は思い込みが激しいのである。
「だ、いたい……、どこから操られているとか……、そんな想像が」
「だ、だってそうでもなければお前がモニカっちを誘拐して魔族を裏切……、うん? ……そういえばよくも裏切って!」
「だから会話させてくれないかなァ!?」
堂々巡りになりそうになるのを叫んで止める。向こうでの日常に、つい緩みそうになる心を彼は引き締めた。
ここで彼女を説得する。それが、何より大切であり、彼がやり抜かなければならない事柄であるからだ。
でなければ、この後大変なことになる。それはもう、大変なことになる。間違いなく。
攫われた時にレオが自身の身体に引っ付いていたことを認識しているクリスティアンは、目の前の相手よりさらに厄介な相手が来る前になんとかしなければ命がないと焦っている。誰の命かは言うまでもない。
「まず。すまなかった。君にも、誰にも言わずに事を成したことは、本当にすまなかったと思っている」
「ドグラスもエーギルも、サンドラ様だって心配してた。お前が……、裏切るわけがないって」
「あの時は、気が動転していて誰も信じることが出来なかったんだ。今になって思えば馬鹿なことをしたと反省している。せめて君たちには助けを求めるべきだった」
「気が……、やッ!」
「操られてはいないからね」
「あぁぁ、っぱりそうではないわけだよね。うん。分かっている、大丈夫」
「はぁ……、……あの子を連れ出したのは、そうするしかあの子が生き残る術がなかったからだ」
「もしかして、勇者が攻めてくる情報でも? も、もしかして誰か内通者が居て城にヒト族を攻め込ませようとしていたとか!?」
「そうじゃない。……ナトリー、私は、……君が友人だと思っている」
「うん? 当たり前なことを何を今さら」
「モニカのことも慕ってくれている」
「それこそ当たり前なことだよ。だって、モニカっちは魔王様なんだから」
魔王様なんだから。
何気ない彼女の言葉に、クリスティアンは詰まってしまう。知ってしまった事実を伝えることに。
事実を知ったその上で、彼女は娘を助けてくれるだろうかと。
信じるべき友人を信じれなかったことを、彼は、すぐに後悔した。
「実は、」
「避けてッ!!」
「えっ」
彼の言葉を遮って、ナタリーはクリスティアンを押し倒す。受け身も取れずに走る後頭部の痛みよりも、遠くで木が破壊され倒れていく恐ろしい音よりも、聞こえる声に、聞こえてしまった声に彼の身体は凍り付いた。
「――見つけたァ」
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