第105話


「おー、ディアナ」


「うぅん? どうかしたぁ、モニカちゃん」


「あれ、とめて」


「ちょぉっと……、難しいかなぁ……」


「おー……」


 しゃがんで目線を合わせたディアナがモニカの頭を帽子越しに優しく撫でる。揃って遠い目となっている二人の視線の先には、


「どこ行ったァァ!! 吐け、吐けごらぁあ!!」


「どちらですの! レオ様はどちらへ連れ去られたのですの!!」


 通行人の首を締め上げる山賊と聖女の姿があった。


「あれはもうどっちも山賊だよねぇ」


「おー」


 路地裏から逃げ出した赤毛の女性を追うため、情報収集を行おうと思えば祭りとは異なる人の熱気に彼女たちが駆けつければ案の定、恐ろしい化け物が空から襲来し、その場に居た男性を一人連れ去ったという。


 間違いなく赤毛の女性。そして連れ去られたのは目撃者の話からしてクリスティアンであることを予想したアドラ達の反応はひどく冷たかった。

 モニカの手前、表立って面倒くさいとは言えなかったのだが、アドラとディアナの顔にはしっかりそう書かれており、そもそもマリナのほうはアドラが居るのであれば愛しの勇者も居るはずだということにしか関心を示していなかった。


 流れが変わったのはそのすぐあと。

 クリスティアンのそばに居るはずのレオが近くに居ないことに不安を覚えたアドラが、目撃者を締め上げ、もとい、再度問い質してみれば、男性の身体に小さい少年が抱き着いていた気もするという曖昧な証言。


 それだけあれば、アドラとマリナが暴走するには十分だったわけで、つまりは冒頭の追いはぎではない、締め上げに戻るのである。


「二人ともぉ、そろそろ官憲さんとか来るよぉ」


「それがどうした!」


「そんなものディアナがなんとでも致しますわ!」


「出来るけどさぁ、そういうことじゃないかな……。どうしようっかぁ」


「おー……」


 勇者が関わってしまっている以上放り出して帰るわけにも行かず、不安そうに見つめてくるモニカにディアナは大きなため息を零すのだった。



 ※※※



「は、がッ!?」


 大樹に叩きつけられて、肺の中の空気を吐き出した。身体を動かせないのは、痛み以上に今なお彼の身体を巨大な腕が抑え続けているから。


「自分が何をしているのか、分かっているのだろうな!!」


 右腕だけを化け物のモノに変貌させた赤毛の女性が吠える。瞳に宿るのは、爛々と輝く殺意の炎。


「ぐ、ぎ、聞いで、ぐ……ッ」


「父親であることなど関係ない! お前がやってくれたことがどれだけの事態を招いたか! これからどれだけの事態を招くのか! ここで今すぐ殺しても良いんだぞ!!」


「頼、むッ! はな、しを……、ナタ、リー! あがァ!!」


 軋むのは、彼の身体か大樹のほうか。

 全身の骨が砕け散る前にようやく、彼は巨大な腕から解放される。も、起き上がる余裕などあるはずもなく、クリスティアンはその場で倒れ込んでしまう。


「容易く名を呼ぶな。もう、私とお前は昔のような関係じゃない」


 ナタリーと呼ばれた女性は、汚物を見るかのように彼をしばらく見下ろしたのち、今度は身体が痛まない程度に、それでいて決して逃げることが出来ない強さでクリスティアンの身体を掴み上げる。


「話してもらうぞ。お前がどうしてあの子を、モニカっちを誘拐したのか。それと、一緒に居るヒト共のことも含めてな」


 街はずれの林の中で行われる二人のやり取りを、木陰に隠れて見守る少年が一人。クリスティアンが攫われる瞬間に彼に抱き着き、林へ降りる少し前に手を離して離脱したレオの姿があった。


 彼は飛び出さない。

 今飛び出しても何も出来ないことを、自分の弱さを以前嫌というほう経験してしまったから。だからこそ、彼は待つ。

 自分がここに居れば必ず来てくれる母を信じて。


 それでも、本当に危ないことがあれば飛び出そうと、離脱するため飛び降りた際に少しだけ痛めてしまった腕をさすり続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る