第101話


「んで、あのガキ連れてきてんだよ!!」


「御言葉だけどォ! こっちだってあんた証拠は残すは分かり易い行動を取りますかって話なんだけどぉ!」


「ぐッ! ん、んなもんはなんとか誤魔化しゃ良いだろうが!」


「はーッ! これだから城勤めをしたことない人は困るんだよねぇ……!」


「ったり前だろうがあたしは騎士でもなんでもねえんだぞ!」


「あー、そんなこと言ぅ? 役割のせいにするとかまじありえないんだけどぉ、この前まで役割だからってぷえぷえ諦めてくせにぃ」


「誰がいつぷえぷえ言ったボケ!!」


「ウチが聞きましたー! 賢者のウチが言っているんだから、はい、これは真実でぇす!」


「あ、あのぉ……、モニカとそちらのお子さんを探しに行きたい、のですけ」


「「あ!?」」


「ど、すいません……!!」


 ディアナが伝えた少女の名前が二人の大喧嘩を引き起こす。

 なぜ彼女を連れてきたとアドラが胸倉を掴めば、居場所や正体をバレるあんたが悪いとディアナが彼女に唾を吐く。

 おずおずクリスティアンが勇気を出せば、そんな時に限って息ぴったりに怒気が飛んでくる。混乱から立ち戻り冷静さを取り戻してしまった彼には、更にツッコミをいれるだなんて猛獣の檻に肉を巻き付けて飛び込むような真似であった。


「常識的に考えて船を使うはずがねえんだから陸路のほうに行けよ!」


「そんな時に港で魔族発見の噂があったら行けって命令されるよねぇ! そっちこそなぁに噂信じてのこのここっちに来ているのさァ!」


「そこは更に裏を読んで陸路行けよ! 何年の付き合いだ!」


「こっちの台詞だよォ! ウチのバックはあの脳筋王様だよぅ! 素直に行動させるに決まってんじゃないの、ばぁぁか!」


「ああッ!?」


「なにさァ!!」


 アドラが拳をバキバキ鳴らし、ディアナの周囲に魔力が渦巻きだす。一瞬即発、大噴火一歩手前を引き留めたのは勇者であった。いや、文字通り。


「ママ! ディアナさん! 分かったよー!」


 瞳を輝かせてレオが二人に走り寄ってくる。いままさに勃発しそうであった怪獣大戦争は終演を迎えた。


「マリナちゃんも居てくれてよかったよ。露店のおじさんに聞いたら似ている二人があっちに行ったのを見たよって!」


「……」


「……」


「どうしたの?」


「レ、レオくん! それは本当かい!」


「うん! 本当に二人かは分からないけど、いまはあっちに行ってみようよ!」


「あ、ああ! ありがとうレオくん! ありがとう!!」


「わわわッ」


 レオの手を取りぶんぶん喜ぶクリスティアンの姿に、黙っていた二人は顔を見合わせた。


「……、母親のくせにぃ」


「るせぇ……、賢者のくせに」


「……」


「……」


「ちゃんと探そうかぁ……」


「……そだな」


 口論している間に、10歳に満たない少年が一番成果を上げていた。恥ずかしすぎる事実に大人二人は、苦虫を嚙み潰したように手を取り合うのであった。



 ※※※



「はッ! は……ッ! お、追ってきてますの!?」


「お、おー。わからない……」


 人波を掻き分けて少女たちは走り続ける。

 時折ぶつかった大人からの罵声に身体が止まりそうになるのを、時にはマリナが、時にはモニカが手を引いて彼女たちは逃げていく。


 後ろを振り返っても、背の低い彼女たちからは人が邪魔でさきほどの女性が追いかけてきているかは分からない。

 それでなくても後ろを何度も振り返れば人にぶつかってしまうのだ。焦る気持ちだけがどんどんと増長されていく。


「くっ……! こうなったら人通りの少ない場所に出てわたくしの魔法で……。いや、駄目ですの。わたくしは援護特化……、あの人と違って、しかも大人相手に勝てるかは分からないですの……!」


 普段は自信満々で我儘なようであって、それでもマリナはしっかりと訓練を積んでいる。本当に危険が及んだ際に根拠なく自慢を振りかざすことがどれだけ危険かを理解していた。

 加えて今はモニカが居る。握った手に感じる少女の体温に、マリナは自分が守らないといけないとぐっと心に強く誓う。


「貴女! 逸れた際はどこかで待ち合わせしようとか決めてなかったのですの!」


「おー……、ない」


「そうですの……、今度からはこういう大きな街では必ず決めておきなさいですの!」


「おー。……おー? マリナは?」


「…………き、決めてないですの」


「つぎはマリナも」


「分かってますですのォ!」


「――見つけた!」


「なッ!?」


「おー」


 すとん。

 体重などないように、露店のそばに置いてあった樽の上に、さきほどの女性である。ひとまとめにされた赤い髪の毛が、身体の動きに遅れて垂れていく様はまるで燃え盛る炎のようであった。


「その子をこちらへ渡せ! さもなくばァ!?」


「あ? お嬢ちゃん、そんなところに乗ってたら危ねえじゃねえか」


「今ですの!」


 樽に入れた商品を取り出そうと、そちらを見ずに店主が手をかけたために、その上に乗っていた赤毛の女性が転がり落ちる。


 その隙を見逃さず、マリナはモニカを連れて裏路地へと消えていった。

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