第100話


 反応が早かったのはマリナであった。

 隣のモニカの口から出た疑問の声を聞きつけて、彼女を守るように自身の身体で彼女を見知らぬ人物の視線から隠した。


「残念ですが、わたくし達はどちらも貴女を知りませんの。おかしな行動を取るようでしたら容赦は致しませんわ!」


「待っ、ちが……、ぜぇ、はァ! はな、話を……!」


 全速力で疾走したあとのように荒い息をあげる見知らぬ女性は、震える腕をへとゆっくり伸ばそうとする。


「おーッ!?」


 釣られて女性へとモニカが手を伸ばそうとするのを見かねたマリナは少々乱暴に彼女の手を取り、その場から駆けだした。


「知らない相手に手を伸ばすお馬鹿がどこに居るんですの!」


「おー……、つい」


「つい、じゃありませんの!!」


「――……っち!」


「おー?」


「早く走りますの! 相手は大人、捕まったら厄介ですの!」


 どこか懐かしい言葉を聞いたような気がして振り向こうとしたモニカだが、マリナの強い声と引かれる手そのままに人波のなかへと入っていく。


「さすがにここでは大した魔法は使えませんわ! 人の多さを利用して相手から逃げるですの!」


 人にぶつかることもお構いなしに彼女たちは今自分たちがどこに居るのかも分からないままに走って行くのであった。



 ※※※



「モニカぁぁぁ! もに、も、もにかぁああ!!」


「落ち着いてって、おじさん!」


「あ~、そういえばあんたが好きなパイの店が潰れたんだよねぇ」


「はァ!? 嘘だろ、まじかよ!!」


「ママ達は逆に落ち着きすぎじゃないかなァ!?」


 ディアナとモニカが入れ替わってしまったと思われる通りへと戻ってきたアドラ達であるが、あれから混乱し続けているクリスティアンはまったくの役立たずへと変貌してしまっており、最初こそ胸ぐらを掴んでいたアドラは落ち着いたのかさきほどからディアナと井戸端会議のようなたわいない話を花咲かせていた。

 可哀想なのは、唯一まともなレオである。


「あはは~、ごめんごめ~ん。レオくんは良い子だねぇ、いいこいいこ」


「ちょ、いまはそんなことしてる場合じゃ」


「おいコラ、誰の許可得てうちの子の頭撫でてんだ潰すぞ」


「やー……、怖いこわーい」


「もぉ! ママ!」


「ああ、ごめんねレオ? でもこの人数だからねぇ、無闇に慌てて探しても逆に目立って厄介ごとを招き寄せることもあるから」


 怒る我が子の顔も可愛らしいと蕩けた表情で彼の頭を撫でるアドラは、向けていた表情を180度変えて、うろたえ続けるクリスティアンの腰に蹴りをぶち込んだ。


「もにぐふぉ!?」


「てなわけで、いい加減落ち着けや」


「で、でででもだってモニカがだってモニカあがががががッッ!?」


 蹴りを受けても普段の数倍の速さで立ち直りアドラへとすがりつこうとする彼の頭を彼女が片手で掴んで握れば、ミシミシと中身が割れ漏れる音がする。


「そもそもてめぇがちゃんと掴んでなかったからだろうが喚く暇あったら魔法でなんとか出来ねえのか」


「いやぁ……、人捜しの魔法ってそんな便利なもんじゃないから無理だよぉう」


「ああ、そうだっけ? もっとパパッと分かるようにならねえのかよ」


「あはは~……、そんなことになったらあんたら犯罪者が一番困るじゃなーい」


「それもそうだが」


「マ、ママ!? おじさんがッ! おじさんがッ!」


「え? あ、やべ」


 痛みで暴れていたはずの彼の腕がゆっくり下がり始めているのを見て、慌てた様子で彼女は手を離す。

 若干遠くへと飛びたとうしていたクリスティアンではあるが、怪我の功名と言うべきか命の危険を感じて冷静さは取り戻しつつあった。


「まぁ~、ウチもついでで手伝ってあげるから落ち着きなよパパさぁん」


「ついで?」


「あ~……、ウチも人捜しというか。ぶっちゃけもう見つからなくても別に良いんじゃないかなって思いたいけど思ったら駄目なようなぁ」


「……相手は」


 普段のだるさのなかに少し異なる遠い目をする彼女の様子に、アドラの声が低くなる。聞きたくないが聞かないともっと面倒なことになるだろうと彼女の勘が告げていた。


「聞かないほうがぁ……」


「言えよ」


「…………、マリナ様」


「…………」


「えっ! マリナちゃんも来てるの!」


「うん? レオくんの知り合いの子かい?」


 心底嫌そうな顔をして名を出すディアナに、天を仰いだアドラとその名に喜ぶレオと首をかしげるクリスティアン。

 様々な感情で名を呼ばれた彼女が、少し離れたところで盛大にクシャミをぶちまけたのはまた別の話。

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