第99話
「良いですの! あくまで迷子なのはわたくしではなく、わたくしの供の者なのですの!」
「おー、マリナはすなおじゃない」
「違いますのォ!」
羞恥心で顔を紅く染めてパニックに腕を振る彼女をモニカはくすくすと小さく笑う。笑われていることに余計にマリナはムキになっていく。
「あんしんする。モニカもマリナのともだちさがす」
「そ、それはわたくしの仕事ですわ! わたくしが! 貴女の御友人を探してあげるのですの!」
「こうかんじょうけん」
「そういうことでもないですのー!」
幼く身体の小さい二人は、人波に巻き込まれてしまわないように道の端を進んでいく。祭りの活気に当てられて下への注意を忘れてしまった大人の大群は、彼女たちにとって凶器以外の何物でも無かった。
「こういうときは慌ててはいけないのですの! しっかり前を見てゆっくり一歩ずつ進んでいふぎゃ!?」
「おー……、まえはみたほうがよい」
名誉挽回と偉そうに胸を張ったマリナが、後ろを歩くモニカに話しかけようとした途端、前から来る大人にぶつかり壁に顔から突っ込んだ。
「ぐ、ぐぬぬ……! 負けるもんかですのォ!」
「おー」
すぐさま顔を引き剥がし、失敗に怯えることなく前へと足を進める彼女は、なるほど確かにまさに正義の味方のようである。……、根性だけは。
※※※
「痛いですの……」
「だいじょうぶ?」
ようやく人の密度が多少マシな大きめの広場へとたどり着く頃には、さきほどの羞恥心とは別の意味で顔を真っ赤にしたマリナが半分泣きべそとなっていた。
足も踏まれてひょこひょこ歩く彼女をモニカは助けながら、広場の中心にある噴水の縁に座って休憩を行うことにする。
「おかしいですの……! わたくしはもう立派に一人でどこでもやっていけるレベルにまでなっているはず……! ディアナだって認めてくれて……!」
「おー?」
ぶつぶつと恨み言のように繰り返す彼女の言葉を聞き取れず、モニカは頭をこてんと傾けた。が、マリナがモニカの様子に気付かないため、答えが返ってくることはない。
ちなみに、本当にマリナが一人でやっていけるレベルなのかどうか。また、それを本当に真面目にきちんと考慮した上でディアナが真剣に向き合って認めたかどうかは謎である。
自分の世界へと旅立ってしまったマリナをしばらく見つめたモニカは、
「ひゃッ!」
「おー」
おもむろに、彼女の頭を優しくなで始めた。
「な、なんですの!?」
「いたいのいたいのとんでけ」
「……」
思わずびくっと跳ねたマリナが続く言葉にきょとんと大きな瞳を更に大きく開かせる。
片手で帽子を押さえながら、もう片方の手でモニカは撫でる。何度も優しく。
「…………」
「まだいたい?」
「……ぷっ」
「おー?」
「あははッ! な、なんですのそれは!」
黙り込んでしまっていたマリナが急に笑う。王の娘でもなく、聖女でもなく、ただのマリナとして、年相応に彼女は花を咲かせて大きく笑う。
ここにディアナが居ればげんなりしてしまうであろう彼女に釣られるように、モニカも小さくくすくすと微笑んだ。
「パパがおしえてくれた。いたいときはこうしてあげる」
「き、聞いたこともないですわ! あはは、ちょ、ちょっとくすぐったいですの!」
「おー」
当然ながらこの行為に回復の効果など見込めるはずもなく、依然としてマリナの顔や足には痛みが残っているのだが、笑い続ける彼女はそんなことを気にする余裕もなくなってしまっていた。
「えーい! しつこいですのー!」
「おー」
頭を撫でる行為から髪の毛をわしゃわしゃする行為に発展しそうになってきたあたりで、マリナが噴水の縁から勢いよく立ち上がる。
さきほどまでの泣きべそなどどこにも居なくなり、出会った当初の無駄に自信満々で偉そうな彼女がそこに居た。
「もう全然痛くないですの! わたくしはせい、じゃなくて、正義の味方なのですから! とっても強いのです!」
「おー」
小さな胸を大きく張って宣言する彼女にモニカが拍手を送れば、周囲の人の一部が勘違いして拍手を送る。
「さァ! 休憩はここまでにして、貴女の御友人を探し出しますの!」
「おー、あとマリナのともだちも」
「見つけた……!!」
「え?」
「おー?」
彼女たちの会話を遮ったのは、
「どなたですの?」
「だれ?」
二人のどちらもが知らない人物であった。
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