取り替えっこと鬼ごっこ

第97話


「すれ違い馬車の数がどうにも多いのは気になっていたが……」


 ため息交じりのアドラの言葉。実に嫌そうな彼女の視線は、目の前に広がる港町へと、否、そこに居る多すぎる人の波へと注がれていた。


「まさかの祭りかよ……」


「侵入しやすい……、と思うべきかな」


 垂れ幕やバルーンなどで華やかに彩られた町には、埋め尽くさんばかりの人で溢れてしまっていた。


「ママッ! ママ! すごいよ! 屋台がたぁぁっくさん!!」


「おー、おさかなもたくさんいる。モニカはおなかすいてきた」


「危ないからママの手を離しちゃ駄目だからね」


「モニカも。私の手を離さないようにね」


 山賊の村で暮らしてきたレオにとって、一般的な町で行われる祭りに参加した経験など皆無に等しく、それは箱入り娘であるモニカにとっても同じこと。

 観光地であるラジュルタンにも人は多かったのだが、それとはまったくもって異なる人々が発する活気に二人はすっかり巻き込まれてしまっていた。


 所かまわず屋台を開く漁師たちがどでかい声で客の注意を引き、新鮮な魚介類が網の上で焼かれる香りが彼らの足を引き寄せては離そうとしない。

 ひと際大きな歓声があがったかと思えば、道の中央にあるステージで二メートルを超える巨大魚の解体ショーが開かれている。


「こりゃ……、今日は船が出そうにもねえな」


「そうなると、宿はあるんだろうか」


「断言してやろうか。ねえよ」


「だよね……」


 普段はただの港町である。魚を求める商人や、船を待つ旅人用に宿があるにはあるだろうが、それほど数があるわけでもない。

 そんな所にこれだけの人が集まってしまえば、宿など取れるはずがあるがない。事実、じつは町の周りには宿が取れなかった人たちが集まってテントを張っているのだが、それをまだ四人は知る由もない。


 あまりの人の多さに、町の入り口での検査はあってないようなものへと成り果ててしまっていることだけは彼らにとっても都合が良かったことである。


「しっかし、魔族が出たって噂があるわりには随分となぁ……」


「三年に一度のお祭りみたいだね。魔族程度で邪魔されるわけにはいかないってことじゃないのかな」


 ちゃっかり入り口でパンフレットを手に入れたアドラがクリスティアンへと押し付ける。彼女に置いて行かれないように、片手に娘の手、もう片方の手にパンフレットを握りしめ中身を読みながら彼も歩く。


「え? こんなに楽しそうなのに三年に一度しかやらないの? どうして?」


「まいにちやったほうがいい」


「はは、さすがに毎日は無理かな。ええと……、ああ、なるほど。漁の解禁を祝して行う祭りみたいだね」


「獲物は」


一角鯨ナーバルだって」


一角鯨ナーバル?」


「おー?」


 クリスティアンが読み上げる生き物の名前に、子供たちは首をかしげてクエスチョンマークを浮かべる。シンクロする二人の動きにクリスティアンは笑いそうになりながら、パンフレットを懐に仕舞った。


「海の生き物でね。巨大な……、それこそ小山程度もあるほど大きな身体を持っていて、鼻先にそれは鋭くこれまた巨大な角を持っているんだよ」


「へえぇ……!!」


「つのがあるおさかな?」


「いや、海に生きてはいるけど魚じゃなくてどちらかというと獣らしい」


「えっ!? 海に居るのに?」


「私も詳しくはないけど、海に居る生き物は全部が魚ではないらしいよ」


「おー……? アドラもうみでこきゅうができる?」


「なんであたしなんだよ。つーか、出来るわけねえだろ」


「ざんねん」


 その後、四人は駄目元で宿を探すのだがアドラの予想通り空いている宿など一軒もなかった。宿の店主から、町の外に張ってあるテントの情報を手に入れた彼らはひとまずそこを目指そうとするのだが。


「レオ! 絶対に手を離しちゃ駄目だからね!!」


「う、うんっ!」


「四分の一よ! 街で買う値段の四分の一よ!」

「美味ぇぇ! なんだこのスープ!」

「ひ、人がッ! 人が多すぎるですの!!」


 どこかで大規模な催しものでも始まったのだろうか。群れる人の波が激しさを増していき、飲み込まれていく。


「おー……ッ」


「パパの傍から離れちゃ駄目だぞ! あと、帽子も脱げないように注意、うぉ!?」


「きゃぁぁぁ! 見て! あそこっ! 真珠! 真珠のつかみ取りだわ!」

「あれぇ、どこ行った……? まあ、良いかってわけにも……いかないよねぇ……」

「痛って! 誰だ俺の足を踏んだのは!!」


 もみくちゃにされながらもなんとか彼らは人の波を掻き分けていく。娘を守ろうとして何度も何度も足を踏まれるクリスティアンとは違って、アドラが殺気を薄く放ち続けているためか彼女とレオの身体的被害は一切出てはいない。


 そうして、彼らはようやく人の波から解放され、町の外へと飛び出したのだった。


「ああ、ったく! どんだけ居るんだよ!」


「あはは! すごかったね、ママ!」


「あ、足が……、いてて……」


「もぉ~……、宿にっていうか城に帰りましょうよぉ……」


 おわかりいただけただろうか。

 四人目の言葉の違和感に。


「あ?」


「あれっ!?」


「……え」


「ぉぅふ」


 クリスティアンがしっかりと握っていたはずのモニカが、


「「「ディアナ(さん)!?」」」


「うぅわ……、普通に居るし……」


 やる気のない賢者こと、ディアナに変わってしまっていた。



 ※※※



「おー?」


「貴女……、どなたですの?」


「モニカは、モニカ」

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