第Ⅲ章 小さな聖女と幼き魔王

目指すは港町

第93話


「……いくらなんでも」


「無理を承知で頼んでいる」


 男の顔は険しかった。薄暗い部屋の中、燈台の炎で照らされる男は、目の前の女性の顔を確認する。

 彼を見つめるまっすぐな瞳。彼女と組んでいたのは少しの期間であったが、ずっと彼女のこの目に弱かった。


「頼む、ハコブ。お前にしか頼めない」


「…………はァ」


 組み続けていた両腕を参りましたと天井に上げる。

 変わらぬ彼女の表情に、少しは嬉しそうな顔の一つでも見せてみろとさすがに小言を零したくもなった。



 ※※※



 眠らずの丘があるラジュルタンの街を脱出したアドラ達にすぐに降りかかったのは、救出した子ども達の処遇である。

 街に戻せばどうなるか、そんなこと説明する必要性すらない。かといって、案の定一人一人に確認を取ってみれば全員が理由は様々であるが孤児である。女神により与えられた役割も、そのほとんどが特別な物ではなく、なかには自身の役割を知らぬ子すら存在していた。


 子ども達だけで生きていけるほど街の外は甘くない。かといって、今回の騒動を聞きつけて王国の兵士たちの増援がすぐに来ることも分かりきっている。

 アドラ達に出来るのは、彼らを山賊ハコブの集落へと連れてくることだけだったのだ。


「そりゃこんな山奥の山賊村だ。人手が増えるのは嬉しいけどよ……」


 彼女たちが連れてきた子ども達を、彼の仲間が世話をする。その光景を眺めながら、彼は隣にいるアドラへと恨み言を垂れ流す。


「山賊の役割はほとんど居ねぇんだろ? 数年経てばほとんど出て行くんじゃよぉ……、しかもガキん頃じゃ戦力としても不十分だし」


「だから悪いって言ってんだろうが」


「はァ……」


 10歳になれば自身の役割を理解する。

 それは連れてこられた子ども達も同じ事であり、10歳の誕生日を迎えたときに役割が山賊ではない子たちはこの村を離れてどこかで生きていくことになる。

 ほとんどが山賊の役割ではない。つまり、数年で出て行ってしまう子を、それも複数育てろというお願いはいくらお人好しの気があるハコブを以てしても頭を抱える内容であった。


「お前の部下とはまだ連絡が取れねえのかよ」


「ああ……。逃げるときは思いっきり逃げろって教え込んだからな。いま、どこに居るのか分からん」


「合流場所くらい決めとけよ……」


 子どもばかりとはいえ、人数が増えれば活気も増える。

 特に彼らの衣食住を整えなければと張り切る女性陣たちが村を走り回る光景は、このあと降り注ぐ面倒ごとさえ無視してしまえば微笑ましいものであった。


「これからどうするかは知らねえが、少しの間は食料集めを手伝ってもらうからな」


「ああ、勿論そのつもりだよ」


 ぐまぁぁぁぁぁぁ!!


 村中に響く遠吠えに目をやれば、大好きなレオの帰りをずっと待っていたベリーが悦びの舞を披露しているところであった。

 彼に貢ぐためなのか、大量の食物を携えて。


「……まあ、あいつ一匹で十分色々持ってきてくれそうだけどな」


「レオに聞いてからにしろよ。聞かずにアレに触れば首が飛ぶぞ」


「おっかねえ……」


 モニカが、その瞳を輝かせながらベリーが持ってきた果物の山へと突撃しようとして必死にクリスティアンに止められている。


「あの兄ちゃんと嬢ちゃん」


「聞かねえほうが良い」


「……、まあ、お前と……、レオのやつが無事だってんなら。それで良いさ」


 カラっと笑ってくれた彼の笑顔に、


「はンっ」


 彼女は鼻で笑って返事する。

 だから少しは可愛げのある返事をだな、と勇敢な行動を起こした彼がどうなってしまうかは、可哀想なので記すのを止めておくことにする。

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