閑話 勇者のママのお友達

第92話


「馬ァ鹿じゃないのぉぉお~~~ッッ!」


 衣服が乱れてしまうことなどお構いなしに彼女は寝台の上を何度も何度も転がり続けた。

 緩めに作られている衣服はその動きに耐えきることが出来ずに、その都度大半の男を魅了してしまうであろう彼女の豊満な肉体が見え隠れしてしまう。ようやく彼女が疲れて動きを止めたときには髪も衣服も、なにより息も乱れきっており、それはまるで悪漢に襲われてしまった後のようであった。


「アドラの馬鹿ぁぁぁぁ!」


 しっかり防音の魔法は唱えているため周囲には響かないディアナの絶叫が、彼女の部屋のなかだけで爆発した。



 ※※※



 時は数刻前に巻き戻る。

 国王から命じられている勇者レオの捜索任務の出発を今日も今日とて様々な理由をつけて適当に引き延ばしつつサボ、英気を養っていた彼女は昼一番に急に呼び出しを喰らった。

 呼び出される理由に心当たりが逆に理由が分からない。叱責を受けるのは九割九分間違いないため、どうやって受け流し、今日はどこで昼寝でもしようかと悩んでいる彼女へ、


「朗報だ、ディアナ」


 国王から予想外の言葉が投げかけられた。


「……はぁ」


 国王にとっての朗報が彼女にとっての朗報とは限らない。むしろ悲報な可能性が大いにあるため、……いや、そうでなくても普段からそうではあるが彼女の返しは生返事。今さらその程度で怒る国王ではなく、彼は勝手に話を続ける。


「勇者殿の居場所が判明したのだ」


「わー、すごーい」


 やはり悲報であった。


「ちなみにぃ? それは裏の取れてある証拠でぇ?」


「先日、ラジュルタンにある眠らずの丘が襲撃に会ったことは知っているな」


「噂程度にはぁ」


 間違いなくアドラの仕業であると睨んでいたため、ありとあらゆる手を使って目を背けていた事案である。


「カルロス高司祭がその際に殺害されている。そして、彼を殺害した相手が山賊アドラであると部下の者たちが証言しているのだ」


「気のせいとかぁ」


「複数の部下が、だ」


「あいやー……」


 目撃者は皆殺しにしなさいよぅ……、と本音は飲み込んで、ディアナはアドラへ呪詛を送るだけに留めた。


「あやつが統治していた村が散り散りとなっているいま、勇者殿は山賊アドラと行動を共にしている可能性は高い。それはお前も認めていることだな」


「改めて考えるとぉ、別行動しているんじゃないかなぁって」


「そしてもう一つ、情報を手に入れた」


「確かぁ……、アドラの好きな食べ物は……」


「お前が遭遇したという魔族の少女。その名が判明した」


「どうしてまた」


「侵入した賊と一線を交えた兵士長が命がけで手に入れた情報だ。娘の名は、モニカというらしい」


「ちなみにぃ、その兵士長は」


「全身大火傷だが、命に別状はないとのことだ」


 先に知っておけば口封じも出来たものを。後手に回ってしまったことを後悔していた。


「分かっていると思うが、彼は厳重に保護している」


「改めて言わなくてもぉ……」


 ぶー、とふくれっ面する彼女は普段の妖艶さとは裏腹にまるで穢れを知らぬ少女のように美しい。中身はどす黒いが。


「さて、ここで問題は彼らが今後どこに移動したかということだ」


「その前にぃ、一つ良いでしょうかぁ」


「良かろう」


 にゅるんと手をあげた彼女は、腕を上げて疲れたと王の前だというのにだるそうな態度を一切隠そうともせずに、


「眠らずの丘の襲撃なんですけどぉ……、今後のことも含めてウチがそちらへ調査へ行くって言うのは」


「その必要はない」


 どうでしょう。続く言葉は、王に阻まれる。

 文句ありありな彼女の視線を受けても、彼は一切気にも留めない。


「彼の地襲撃に関する調査は全て、最高司祭殿の管轄となった。お前が出ることはない」


「うへぇ……、最高司祭殿ですかぁ」


 ヒト族の最高権力者は国王である。

 たとえ、女神様の声を聞くことが出来る役割司祭のなかの最高位であろうともそれは変わらない。あくまでも、国王が頂点なのだ。

 しかし、国王もまた役割を与えられただけに過ぎない。とすれば、最も尊い御方とは誰か。それは女神である。

 そのため、女神に関する事柄に於いて時折、国王よりも司祭達の意見が重要視される場合がある。

 襲撃に関して最高司祭の一任となった旨を国王が自ら発言したということは、この件に関して最高司祭を通さずに意見が通ることはない。


 そして。

 ディアナは最高司祭に。いや、司祭のほぼ全てに嫌われている。


 賢者として性格に色々と難があり、問題を起こす。更にはその半生にも色々ある彼女が嫌われるのは当然ではある。


「何を企んでいるかは知らんが、元より指示していた通り勇者殿の発見に尽力せよ」


「はぁ~ぃ……」


「して。次の奴らの移動先だが……、もう一つ気になる情報が入った」


 聞けば聞くほどに気分が落ちて行く話を、それからしばらく彼女は聞き続けることになった。



 ※※※



「もぉぉ! もぉもぉ!! どうして名前がバレているは、街に居るのがバレているかなァ! もぉちょっと慎重に動きなさいよぅ! ばっかじゃないの! 馬ッ鹿じゃないのぉう!!」


 下った命令で、彼女は明日の朝一で城を出る。

 準備はとうの昔に終わっており、子飼いの者たちに今回の件も踏まえての動きは指示し終えているため、あとは明日を待つだけとなる。


「あぁ……、このままじゃ合流するんじゃないかなぁ……、いやだなぁ、めんどうくさいなぁ……」


 道中で事故か事件に巻き込まれて到着が遅れてしまわないだろうか。そんなことを呟きながら彼女は眠りについて行く。

 後手に回ってしまった事実から恐れていた事態になってしまったためにディアナは疲れてしまっていた。だからこそ、彼女は忘れてしまっていた。

 現状世界一の魔法使いとも謳われる彼女に気付かれないように彼女が張った防音の魔法を突破することが出来る可能性を持った少女の存在を。

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