第90話


 嫌な予感がした。

 確証などはない。ただそれだけの理由で横に飛べば、地面が爆ぜる。優先事項はダメージを軽減させることではなく、着地とその後の第一歩。


 辛い、しんどいと泣き言を言えば誰かが助けてくれるのかぃ?


 思い出したくもないクソの声が聞こえてくる。

 苛立ちを力に変えて、彼女は笑う。自分にはまだまだ余裕があるのだと嘘をつく。誰に? 敵と自分に。


「う、らがァァアア!!」


 魔法を使う兵士。弓を構える兵士。

 いつもなら優先的に倒す相手を無視して、目の前のただの兵士をなぎ倒す。相手の骨が砕ける振動を手に感じながら、それを弾丸にしようとするも大した距離を飛びはしなかった。


「ッ、!」


 なぎ飛ばした反動をふらつく足が支えきれず生まれた隙を、見逃さず兵士の一人が槍を突き出してくる。

 後ろへのふらつきをそのまま利用してなんとか攻撃を避けるも槍の穂先がアドラの左腕に赤い線を描く。


「いけるぞッ! 押し切れッ!」

「援軍はまだか!」

「ここで抑える! 最悪殺しても構わん!」


 調子づく兵士の勢いが止まらない。

 随分と数を減らしたと思うが、今の彼女の数えるという行為に回す余力がなく、本当に減らしているのか。それともそれは願望なのか。


「いかせ……」


「ひィ!?」


「ねぇわァ!!」


 大剣を地面に突き刺す。力で、ではなく剣そのものの重みに助けてもらいながら。

 左からの攻撃を大剣の腹で受けきって、右の兵士に裏拳を打ち込んだ。鼻血をまき散らし飛んでいく兵士にトドメを刺す前に、空いた右側のスペースへと剣を握って逃げ込んだ。

 呼吸が荒い。肺の重い空気を全て吐き出したくなるのを飲み込んで、牽制の大振りを一度。二度。

 距離を取る兵士達の顔に浮かびつつある笑みにアドラの苛立ちが増していく。突撃をかましたい気持ちに蓋をして、こそこそと動く小さな影を視界に納めた。


 関所の兵士はそのほとんどが彼女へと向かっている。少しばかし残っている兵士も身体がそこに在っても気持ちは戦場へと向いている。

 上手く紛れて外に出られるかは、彼の力となにより運。


 完全に小さな影が関所の奥に消えるまであと少し。

 アドラは、もう一度。笑った。



 ※※※



「チャノ トゥイェ テトゥワコ ルーユー」


 いきなり音が消えれば驚くのは当然。だが、驚いてもその声すら出てこない。

 慌てる兵士は近づくクリスティアンに気付くことが出来ず、気付いた時には目の前に迫る棍が兵士の意識を刈り取った。


「よい……せ……ッ」


 邪魔な兵士を横にどかし、彼はなんとか目的地であった関所へとたどり着いた。

 立地を頼りに勘でやってきただけであるが、彼の耳にはすぐ近くで行われている戦いの音が届いている。


「どうやら当たったみたい……だけど」


 彼女を助けるために突撃するべきか。それともここで彼女を待つべきか。

 普通であれば入っていくのだが、何分アドラの実力を考慮すれば下手すれば足手まといになりかねない。


 少しだけ考えた彼は、よし、と一つ意気込んで関所の中へと飛び込、


「ごふッ!?」


「んぎゃッ!!」


 もうとして、腹に重い一撃を喰らってしまう。肺の中の空気が強制的に全て放出されて、彼は地面に転がった。


「ごほっ! が、げほっ!?」


「痛ッ……! って、お兄さんッ!?」


「ごほッ……、え、ぁ……チ、こくんッ!」


 彼の腹に重い一撃を食らわした張本人は、助けにいこうとしていたうちの一人、チコであった。


「どうしてこんなところに……って、そんなことよりもお兄さん!」


「アドラは!?」

「お姉さんを助けてッ!」


 重なった二人の言葉。

 受け取ったクリスティアンは、チコへ近くの茂みに隠れているように指示を出し、急いで関所の中へと、


「はぎょるぢょっべはァッ!?」


 飛び込もうとして、なぜかに吹っ飛ばされた。

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