第89話


 全身の火傷に痛むなかで、兵士長は必死に頭を回転させていく。自身が今すぐに戦線に復帰することは不可能。かつ、残された兵力だけで山賊たちを止めることは出来ないだろうと彼は考えていた。

 その上で、この失態を帳消しにせんがため、彼は考える。何かないかと藻掻き続ける。


「足りな……ひ……」


「兵士長! ご無事でしたかッ!」


 無事を安堵する兵士の声など気にも留めず、彼はゆっくりと重たい瞼を開けた。思いついた一つの事柄だけで成果を上げたとは言い難い。せめて、あと一つがなければ……。


「兵士長、伝令で」


「馬鹿かッ! 兵士長の御様子が分からないのかッ!」


「か、……ま、わん……、つ、……けろ」


 身体さえ動くのであれば阻止した兵士を殴り飛ばしたかった。今はどんな些細な情報も欲しい。今後の自身の保身のために。

 一音を出すだけで身体が軋むのを我慢して、彼は伝言を伝えに来た兵士を促した。


「は、はッ! 実は……」


「…………」


 もたらされた情報に、彼は思わずほくそ笑んだ。



 ※※※



「あそこだ」


「どうするのさ、兵士が……まだ結構居るんだけど」


 水路の脇の路地から、アドラとチコがこっそりと大通りを窺ってる。彼らが居る場所から三十メートルほど離れた場所にはこの街の四つしかない出入口の一つ。北の関所があった。

 多くの兵士が街中で彼らを探しているとはいえ、出入口を閉鎖しないわけがない。ざっと見ただけでも十人を超える武装した兵士が陣取っていた。


 普段のアドラであれば気にも留めないのかもしれないが、


「…………」


 隣にいるチコには、彼女の息が上がり始めているのが嫌でも伝わってきている。老婆の店で応急処置を行ったとはいえ、それからあれだけ暴れ続けたのだ。とうの昔に傷口は開き切っているであろう。


「時間をかけても仕方ねえ、増援を呼ばれるのがオチだ」


「突破するつもり……?」


「お前は向こう」


「え?」


 彼女が指さしたのは見ていた方とは真逆。後ろに伸びる路地裏だった。


「路地通ってもうちょい近づいていけ。あたしが騒ぎを起こすから、その隙に通り抜けろ、出来るな」


「ちょッ! そんなことしたらあん痛った!」


「勘違いすんな……、正直これ以上お前を庇いながら戦う余力がねえんだよ」


 聞きようによっては囮となると言い出したアドラの発言に驚いたチコは、言い切る前に彼女のデコピンで沈没させられる。


「良いから、行け。……これ以上疲れさせんな」


「…………分かった」


 路地へと消えていく少年の見送り、彼女は大きく呼吸を繰り返す。

 手に滲んでいた汗をぬぐい、大剣の柄を強く握りなおす。背中を筆頭に全身があげる悲鳴を意志の力でねじ伏せていく。


 きっかり百秒。

 チコが消えてから。


 彼女は流れるように、大通りへと飛び出していった。

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