第88話
宿屋の地下に造られた秘密の抜け道を駆けていく。アドラの小脇に抱えられたチコはありありと不服の空気を出していた。
これがクリスティアンであれば空気の悪さに声でも掛けるのであろうが、そんなことを気にとめるまっとうな性格をアドラが持ち合わせていないため、二人の間に一切の会話はなく、ただ通路を走る足音だけが木霊していた。
「…………、あのさ」
先に折れたのはチコのほう。
目は合わせようとはせず、抱えられたまま薄暗い前を見続けている。
「ぁ?」
「どうやったらおいらも強くなれる」
ぽつりぽつりと、言葉が漏れていく。
「無茶苦茶だし、腹も立つけど。あんたの言うこと抵抗出来ないのはおいらが弱いからで」
「そうだな」
「だから、どうやったらあんたみたいに強くなれる」
顔があがる。
まっすぐアドラを見つめる彼の横顔を、視界の端で捉えながらも彼女は特段に感情を示すことはない。
そんな話をしている暇があるわけないだろう、と殴り黙らせることも出来たのだが、しばらく無言だった彼女は、
「どうして道案内が出来る」
「え?」
「この街の案内をお前はどうして出来る」
質問に質問で返した。
「え。だって、それは生きていくために」
「必要だったから。あたしもだよ」
「……」
「生きていくのに必要だったから。あたしが強いと思えるのは、そうじゃない奴から死んでいったから。それだけだ」
「必要……」
「騎士や兵士たちなら別かもしれないけどね。山賊なんてもんは……、まあ、そんなもんだ」
彼女の答えに、チコは再び黙り込む。
そんな彼の様子をほんの少しだけ確認したあと、彼女はまた走ることに集中し始めた。
※※※
「モニカちゃん! おじさん!」
クリスティアンとモニカが目的地であった川の傍の茂みに逃げてきたのは一番最後であった。
走り疲れていた子ども達が怪我していないか、全員無事かを確認してくれていたレオは、倒れ込むように逃げたきたクリスティアン達を見るとすぐに駆け寄ってきた。
「レオくん……、良かった無事だったんだね。……子ども達は?」
「みんな無事だよ! 走っているときにちょっとこけて怪我しちゃった子は居るけど」
「そ……うかァ」
レオの言葉を受けて、クリスティアンがその場に倒れ込む。
力の抜けた彼の腕から、モニカが転がり落ちてきたのを慌ててレオが受け止める。
「だ、大丈夫おじさ……、モニカちゃん?」
「ぉ」
普段なら娘を落とすなんて真似はしない彼の様子も心配であったが、それ以上に受け止めた少女が自身の身体をぎゅっと掴んでくることにレオは困惑してしまっていた。
明らかに普段とは異なる二人の様子。
「何かあったの……、っておじさん! 腕ッ! 腕、血ッ!!」
「はは……、少しやってしまってね、アドラには……怒られるだろうな」
「そんなこと言っている場合じゃないよ! 手当しなきゃ! はやく服を脱いでッ!」
モニカが離れようとしないため、また、クリスティアン本人も疲れ果てているため彼の服を脱がすのは一苦労だったが、追い剥ぐように奪っていく。
剣で斬られた傷跡は、絶え間なく血を流し続けており、思わず目を背けてしまいたくなるほど。それを一切気にせずに、レオは歯で自分の服を裂いて即席の包帯として巻いていく。
「ごめんね、本当は薬草とか当てたほうが良いんだろうけど」
「い、いやこれで十分、ぐッ!」
巻いた布が血を吸っていく。
あっという間に真っ赤に染まり上がった包帯は、それでもないよりはマシ程度の止血効果をもたらしていた。
魔力の消費と戦いの疲れで眠りたくなる頭を、腕の痛みが覚醒させてくれる。
「敵、は……、混乱しているけど、リーダー格を倒せてない、から。いつ追いかけてくるか分からない」
「そんなに強かったの?」
「いや、ぼ……、ん、私が弱いだけ、だよ」
不安を露わにするレオへ、彼は無理に笑顔を見せる。
半分は情けない自分への悔しみの笑いであったが。
「子ども達には酷だけど、少しだけ休憩したらもう少し先へ進もう。レオくん、彼らの様子を見てきてくれるかい?」
「おじさんは大丈夫?」
「はは、確かに一番重症は私だね。でも、……うん、大丈夫だよ」
少しだけ彼の瞳をじっと見つめていたレオは、分かったと頷いて、いまだに抱きついたままのモニカと一緒に子ども達のほうへとゆっくり歩いて行った。
そんな二人の背中を見守りながら、よっぽど彼の方が自分よりしっかりしていると苦笑する。
と、同時に頭の中に地図を展開させる。悔しがるだけで何も変わらないのは痛いほど分かっているから。
ハコブに見せてもらった周囲の地形と、街の地図。そして地下の地図。それらを全て合わせて、アドラが出てくるのであればどこから出てくるかを予想するために。
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