第80話


「おー……」


「はぁ……、結局一人で行かせてしまった……」


「大丈夫だよ、おじさん。それより、僕たちはまず僕たちのことを考えないと」


 アドラと別れた彼らはすでに位置としては、街の外に出ていた。とはいえ、地下道の出口には予想通り兵士が待機している気配があったため、道を少し戻っていた。


「そうだね……。うん、そうだね。まずはここをどうにかしないといけないね」


「その調子だよ、おじさん。ママが兵士さんたちを引きつけるって言ってたけど……」


「おー?」


「街の中で暴れると言っていたからね。もう少し様子を見よう。外に居る兵士の数が減ってきたら、そのときはまず私が」


「おー」


「モニカ?」


「どうしたの、モニカちゃん」


 話し合う二人の傍に居た彼女は、さきほどからしきりに周囲を、というより後ろの子ども達のほうを気にしている。


「……おー。だいじょうぶかモニカはしんぱい」


「……、ああ、アドラのことかい。そうだね、私も心配で」


「ちがう、チコ」


「チコくん?」


「アドラのあとをおいかけていったから、モニカはしんぱい」


「はァ!?」


「ええ!?」


 彼女の言葉に男二人が慌てて子ども達の集団を確認してみれば、確かにどこを探してもチコの姿だけが見えない。


「う、嘘だろ!? い、いつから……!」


「お? アドラがどこかいってすぐ」


「どうしてそれを教えてくれなかったんだぃ!」


「おー……、しーってされた」


「それは……、仕方ないね……」


「だぁぁぁ!」


 娘が言うまさかの理由と、さらには深刻そうに納得してしまったレオの態度に静かにしていないといけないことも忘れてクリスティアンは頭を抱えてしまうのであった。



 ※※※



「正直、殺されると思ったよ」


「だから悪いって言ったじゃねえか。しつけぇガキだな」


「いやいや! あと少しでおいらの頭がパン! されてたんだよ!? ていうか、おいらのこと認識してからおもっきり殴ってたよね! ね!?」


「思わず」


「思わず!?」


 人気のない狭い路地裏を二人の人影が駆けていく。その後ろからは罵声とともに大勢の足音が響いている。


「そもそも人の腕を急に掴むほうが悪い」


「だからって壁にめり込む勢いで殴らなくても良いじゃん!」


「ギリギリで軌道修正かけたじゃねえか、うっとうしいな」


 狭い路地は大人が一人通り抜けることが出来るかどうか。必然的に走るスピードは落ちるものの、大剣を除けば軽装であるアドラのほうが、鎧を着込んでいる兵士たちよりもはるかに動きやすい道であった。

 そして、その狭さのせいで兵士達はいくら数が居ようとも、一人ずつ並んで追いかけるほかなく……。


「あらよっと!」


 時折立ち止まった彼女が、拾った小石を先頭の兵士へ投げつけ怯んだ隙に、大剣をまるで細槍のように軽々と兵士の顔面へと突き刺しては絶命させていく。

 動かなくなった兵士を蹴り飛ばして大剣から抜き、そのままの勢いで後ろに控えている兵士へとぶつけさせる。

 さきほどから何度もこの調子で兵士たちの数を少しずつ減らしていっていた。


 兵士達も馬鹿ではない。

 このままでは埒が明かないことなど分かっており、複数に別れて路地裏のどこかで挟み撃ちにしようと試みているものの、


「東から来てる」


「北は?」


「まだだ」


「じゃあこっち!」


 地図にすら載っていない道を、彼女たちが進んでいるためその目論見が達成されることはなかった。


「この街でおいら相手におにごっこなんて百年早いんだよ」


「地下はクリスティアンのが上みたいだがな」


「あのお兄さんは例外!」


 それでも、いくら地の利を知っていようとそこから抜け出すわけではない以上、数が多い方が優先である。

 使用する道も、どんどんと狭く、そしてゴミが散乱しており進みにくくなっていく。道の端に転がっているものは生きているのか、死んでいるのか分からない。腐った臭いの充満する道を二人は駆けていく。


「一回、大通りに出て数減らさねえとだりぃな」


「余裕ぶっこいているけど、あんた……。背中の傷は平気なのさ」


「辛いと言えば、敵さんは手を抜いてくれるのか」


「はッ! その通りだね。じゃあ、こっち」


「あン? こっちってお前、そこは」


「お兄さんには負けるけどね」


 チコが潜り込もうとしていたのは、雨水が地下道へと流れていくために設けてある、つまりは地下への入り口。


「ここはおいらの街なんだよ」


「上等」


 路地以上に悪臭の蔓延る世界へと、二人は再び飛び込んでいった。

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