第81話
「…………、誰も居ないよ」
埃だらけになりながら、地面に空いた穴から少年が一人這い出てくる。そのあと、一本の大剣がにゅっ、と顔を出し、
「ぁぁ、くっせ……」
少年同様に埃だらけになったアドラが這い出てきた。強がってはいるものの、彼女の顔色は確かに悪くなっている。
「山賊なんでしょ、そのくらい我慢しなよ」
「最近の山賊は綺麗好きなんだよ。で、ンなどうでも良いことは置いといて」
「ね? おいらだって負けてないでしょ」
ドンピシャで目の前に現れた目的の建物を前に、鼻をふふんと鳴らすチコに、彼女は調子に乗るなと鼻で笑い返した。
不満そうなチコを無視して建物の前に立った彼女は、その扉に手を伸ばさず、
「おら」
躊躇なく蹴り破った。
「婆さん、居るだろ。居ないなら殺すぞ」
「えっえっえっ、居るけどさ。せっかく直した扉だってのに」
「ンなら毒なんかまた仕込んでんじゃねえよ」
外から見えないように、蹴り破った扉を入り口に立て掛ければ、奥から老婆が顔を出す。
「おや、チコじゃないか。死んでいると思ってたけど、なんだい元気そうだね」
「なんとかね」
「で? そっちのあんたはどうしてそんな死にそうな怪我してんだい」
扉を立て掛けるために老婆へ背中を向けているアドラ。彼女の服は、元の色が分からないほどに赤く染まり上がっていた。
「ちょっとな。とりあえず、包帯とか傷薬くれ」
「ワシは道具屋でも治療院でもないんだがねぇ」
「あるだろ」
「あるけど」
再現のように以前と同じく背中を叩きながら重い腰をあげた婆さんは、店の奥へと消えていく。しばらくしてよぼよぼ戻ってきた彼女はいくつかのモノを抱きかかえていた。
「あんたも馬鹿だね。国に手を出すなんて」
「この街の連中はどこまで知ってんだ」
「さてね。ただ、路地裏の子どもが消えるなんてのはどこにでもある話さ」
「まったくだな」
「……」
「さあ。脱ぎな」
「……ちょっと……、おいらが居るんだけど」
「十歳にもなってねえガキが抜かせや」
「えっえっえっ、見られるなんざ女冥利に尽きるじゃないか」
適当な椅子に座り込んだアドラが服を脱ぎ、下着を取り外す。上半身が裸となれば咄嗟にチコが顔をそらすけれど、当の本人も老婆ですらも下らないと笑い出す。
「なんだい、爆破でもされたのかい」
「ご名答だ」
「えっえっえっ」
ぐちゃぐちゃになっている彼女の背中へ、老婆は真紫のドロドロした軟膏を塗りたくっていく。悲鳴こそあげないが、歯を食いしばるアドラの表情から察するに相当に滲みるのだろう。
「夜が来るなんて、当たり前のことなんだがね」
「思うとこでもあるのか」
「いいや? 観光客が減ると売り上げが減ると思ってね」
「嘘こけや、元々碌な商売してねえくせに」
「まあね」
話しながらも器用に老婆を包帯を巻いていく。上半身だけをみれば、まるで
「出来たよ」
「いくらだ」
「いらないよ。その子を助けてくれたんだろう」
「本音は」
「ちょいとあんたとの縁でも作っておこうかなと思ってね」
「それなら良い」
「おいらを助けたからって理由でも良いじゃん……」
「ンな殊勝なこと言い出す奴なんざ信用出来るか」
「今までのどんな付き合い方してたのさ……」
使用した薬や包帯の残りを片付けながら、老婆が外を眺める。そこには、暗くなっている世界があった。
「で? どうするんだい」
「もう少し奴らを引きつける必要があっからな。少し休憩したら出るよ」
「気になってたんだけど、そのあとどこから出るのさ。この街を」
「あ? そんなもん……、なんとかなるだろ」
「ノープランだな!? あんた考えてないだろ!? 嘘だろまじかよ!?」
「うるせえガキだな」
頭を抱えるチコに、アドラは冷ややかな視線を送る。老婆が無造作に投げよこした果実をキャッチし齧りつく。
「そもそも。なんでてめぇこっちに来てんだよ。死にてぇのか、死ね」
「口が悪いにもほどがあるだろ……。…………、なんていうか」
「顔を蹴られたから納得いかねえけど、クリスティアンの阿呆あたりが適当なこと話して実はあたしがあんたを助けた感じになっているのを確かめるため兼万が一本当にそうだったら感謝も込めて手助けしてやろう。っていうのと、実はこっちのほうが生き残る可能性高いんじゃね? って思ったからとかか」
「全部言うなよ! 全部じゃん! 最後のとこのおいらの打算まで含めて全部言わないでよ!!」
「少しは男の子の繊細な気持ちを汲んであげても良いんじゃないかぃ?」
「レオ以外にンな優しさを示す気がねえ」
「えっえっえっ、ならしょうがないね」
「あの頼りないお兄さんよりあんたのほうが頼りがいありそうだったから来たってのに脱出に関してノープランとかまじかよ!」
「なんだい、あの兄ちゃん居ないと思ったら別のこと任せていたのかい。よほどに手がないんだね」
「否定はしないが、そこそこ程度には役に立つんでな」
「そうなのかぃ?」
「時折」
「えっえっえっ」
腕を回し、身体をよじる。薬がすぐに効くわけではないがそれでも気持ち程度には楽になった身体の調子を確認していく。
「そういうことなら、こいつを持っていきな」
「ン? ……へえ」
老婆が放り投げた小さな瓶を受け取って、アドラは悪い笑みを浮かべる。
「なかなかどうして。感謝するぜ」
「爆薬でもありゃ良かったんだけどね」
「そこまで求めてねえよ」
いまだに頭を抱えてぶつぶつと恨み言を言い続けていたチコの首根っこを捕まえて、不気味に笑う老婆を背に、アドラは再び街へと繰り出していった。
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