第79話


 この日、ラジュルタンの街は大混乱に陥っていた。

 街の中心にして、シンボルでもある眠らずの丘で突如発生した数度に亘る爆発音、そして続く大きな揺れ。

 東西南北全ての入り口が封鎖、兵士以外外出を禁止され破ったものは問答無用で牢へとただちにたたき込むと突如お触れまで出される始末。

 化け物や山賊の襲撃、自然災害などこれまでにも街の危機に瀕したことは幾度となくあるが、ここまで迅速にそして有無を言わさせない兵士の対応は初めての事であり、ラジュルタンの街の住民は皆、建物のなかで不安を押し殺していた。


 そして、彼らの不安は更に肥大化することになる。

 外出禁止は解かれず、多くの兵士が街の中を巡回していることには変わりないが、それでも爆発、揺れが起こったのは最初だけでありこのまま何事もなく終わるのかと思われた時、最初に気付いたのは丘の近くに住む住人達であった。


 時が進み、日が沈む。

 世界が橙に染まりはじめる。


 そんな当たり前のことが。

 起こりえないはずのこの土地で起こっていることに、丘の近くに住む住人達は気付いてしまった。


 眠らずの丘に夜が来る。

 その事実に、彼らの不安はどんどんと大きくなっていく。

 そんなことなど、


「どけェ!」


 知ったことかと、アドラは進む。

 そのたびに、兵士が血をまき散らしながら宙を舞う。


 クリスティアン達と別れた彼女は、一人静かに地上へと戻ってきていた。地上に戻る出口の中でも特に地味で人気のない場所をクリスティアンより聞き出していたため、敵にバレることなく彼女は宿へと戻ることが出来た。

 さすがにいぶかしげないかつい店主に、チコが無事なこと。この街には戻って来ないこと。それだけを伝えた彼女は部屋に残した大剣を掴んで宿を飛び出し、目に付いた兵士を片っ端から薙ぎ飛ばしているのである。


 元々素手状態の彼女ですら止めることが出来なかったのである。そんな彼女が相棒である大剣を装備したとあれば、まさに鬼に金棒。

 加えて今の彼女の目的は、可能な限り暴れ回り敵の注意を引きつけることにある。どこかへ逃げないといけないだとか、何かを守らないといけないだとかを考慮することなくただただ己の武を暴走させれば良いだけのこと。その姿はまさに災害のようでもあった。


 つまりは兵士からすればたまったものではない。

 教会に居た兵士とは異なり、この街の真実を知ることなくただ防衛として配備されている兵士も少なくない。というより、ほとんどの兵士がそうである。そんな彼らからすれば、目の前のアドラという存在が放つ恐ろしさは、腰を抜かせるには十分すぎるほどである。

 もっとも、腰を抜かせた程度で手を抜いてくれるような優しさが彼女にあるはずもなく、動けなくなった兵士にも容赦なく彼女は大剣をたたき込み、周囲を巻き込みながら粉砕を続けていた。



 ※※※



「はぁ……、はぁ……! はぁ……!」


 恐怖に駆られながらも突撃を行ってきた最後の兵士を吹き飛ばし、彼女は荒い息で大剣を地面に突き刺しその身体を支える。

 無意識に下がる頭を無理矢理持ち上げるけれど、浮かんでいる表情は歪みきっている。


 教会に潜入し、カルロスと戦闘して以来ずっと戦い続け、地下道でも子ども達の安全を守るために休息時ですら一切気を休めていない。いくら無尽蔵の体力と謳われようとも、彼女は生身のヒトであり、本当に無尽蔵なわけがない。

 そして、カルロスから受けた背中の傷が今になってズキズキと痛みだし、彼女を蝕んでいた。背中の布はすでに血を吸い過ぎて皮膚に気持ち悪く張り付いてしまっている。


「ぁあ……、クソがッ」


 漏れる罵倒も、苛立ちのためではなく。失いそうになる意識を無理矢理にでも覚醒させるため。

 ここ数年自分を慕ってくれていた山賊の部下たちも居ない今、応援も期待することは出来ない。


「つか、応援を考えている時点、で……、気が滅入って、る証拠、か……。あ~……、ははッ」


 乾いた笑みを零した彼女の耳が、近づいてくる複数の足音を捉える。それも、今まで以上に多い数を。


「よぉやく外に居た連中が戻ってきやがったか……」


 気力を振り絞り、足に力を込める。ふらつきだしていたのが嘘のように、彼女の身体を巨大な大剣ごと二本の足が支える。

 足音で距離を測りながら、彼女は脳内の地図を展開させていく。予想通り、近づいてくる兵士が外にいた者達なのであれば、街の中に居たものより精兵であることはほぼ間違いなく、魔法を使える者も居るに違いない。下手な場所で戦うわけにはいかなかった。


 余談だが、戦いに慣れていないクリスティアンとは違い、アドラはどれだけ考え事をしていようが周囲に気を配り続けている。たとえ、今彼女の頭上から音もなく兵士が飛びかかったとしても彼女はすかさず反撃を行うことが出来ただろう。


 だからこそ、

 路地裏から伸びた腕が彼女を掴んだことに、彼女は珍しく迎撃より先に驚愕を表してしまった。

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