第78話
アドラが合流してから、一同の行軍スピードは目に見えて上昇していた。それは、襲いかかってくる獣や虫たちをアドラが後ろから鉄の槍を投げて瞬殺してくれるからではあるのだが、それ以上に。
ざ。ざ。ざ。ざ。ざ。ざ。ざ。
一糸乱れぬ行軍を子ども達が見せていることが一番の理由であった。
彼らからすれば恐怖の固まりが自分たちの一番後ろに居るのだ。それも、時折襲いかかる化け物が声を挙げる前に、彼らへ猛スピードで飛ぶ鉄の槍が突き刺さるなんておまけ付。
もしも疲れたと泣き言を零したり、立ち止まろうものならあの槍が……。そんな恐怖が彼らの足をまた一歩前へと動かしていく。
そんな子ども達の恐怖を背中でひしひしと感じながらも、状況が状況なだけに今はこれで良しとしようとクリスティアンは心の中で彼らに謝るだけに留めていた。
逃げた方向から彼らが地下道に居ることを敵が理解しているのは当然であり、であればどこを封鎖しようとするかも分かり易い。少しでも早く、敵が封鎖を完了する前にこの地下道を抜けきる必要があった。
そのため、
「ええ!?」
最後の休憩地点。あと二十分も歩けば街の外へ出られる所でアドラが口にした内容に、クリスティアンは思わず大声で驚いてしまった。
「あがッ!?」
「うるせえ」
当然。アドラから殴られる。
ズキズキと鈍い頭痛が響くけれど、そんなことを気にしている場合でもない。
「い、いま何て……」
「あ? だから、一旦あたしはここで別れるって言ったんだよ」
「いやいやいや! もう少しで街の外なんだよ? 私たちがここに居ることは向こうも分かっているだろうから」
「出口を固めている可能性はあるわな」
入り組んだ迷路となっている地下道にわざわざ入っていく必要はあまりない。出口さえ固めてしまえば出てきた所を叩けば良い。出てこないのであればそれは中で死に絶えたということ。
どれだけの数を配備できるかは知らないが、無闇に追いかけるよりも必ずその手を使うだろう。
「ならッ」
「だからこそだよ。ちょいと街の中で一暴れしてくる。……まあ、あと」
「あと?」
「剣を取りに戻る必要がどうせあるしな。ついでだ」
「それこそ一旦子ども達を街の外へ出して、ほとぼりが冷めてからでも」
「それまでにあたし達が居た宿なんざ特定されて剣も奪われるのがオチだよ。とにかく、宿に置いてきたあたしの落ち度だ。あんた達は気にせず街の外へ向かいな」
「向かいなって……」
「おー、どうかした」
揉めだした二人が気になったのだろう。モニカが不安そうに二人の傍で顔をのぞき込んでいる。
そんな彼女の傍にはレオも居る。他の子ども達は与えられた休憩時間を少しでも満喫したいのか、壁を背に座り込んでしまっているが。
「ちょいとあたしだけで街に行って暴れてくるって話をしてただけだよ」
「おー、アドラはあぐれっしぶ」
「まあな」
「ママが一人だけで行くの?」
「ほ、ほら。レオくんもこう言っているし、考え直したほうが」
「じゃあ僕がおじさんのフォローをするんだね!」
「レオくぅん!?」
「ええ、そうよ。危なっかしいどころじゃないから、レオがなんとか助けてあげてね。無理そうなら見捨てて良いから」
「待、待って待って!」
「あ?」
優しい母の顔でレオを撫でていたアドラが、いかつい山賊の顔へと変貌する。彼女の顔は言う。なに息子との楽しい時間を邪魔してくれんだ、と。
「レオくんは心配じゃないのかぃ? お母さんが一人で行くんだよ!」
「心配は心配だけど」
「うん?」
「おじさんを一人にするほうが心配だし」
「ぐはッ」
純粋な子どもの発言ほど心に響くものはない。レオの心の底からクリスティアンを心配している瞳に、彼は痛む胸を抑えた。
「今までにもママが一人だけで行っちゃうことはあったけど、いつも絶対帰ってきてくれたから」
「勿論よ。レオを一人になんて死んでもさせないわ」
「それに、必要なことなんだよね」
「うん?」
「僕たちが、ううん。みんなが無事に逃げるのに、ママが街で暴れるのが必要なことなんだよね」
「……そうねぇ……、必要かと言われればやっておいたほうが良いかもしれないことね」
「それならママ。……頑張ってね!」
「レオぉぉぉぉおおぉぉお」
「うやぁぁぁあぁぁぁあぁああぁ」
押し倒されたレオが情けない悲鳴をあげる。だが、その顔はとても楽しそうであった。
引き換えにクリスティアンの顔は渋いままである。
「言いたいことは分かるけど……」
「諦め悪いやつだな」
レオを押し倒したまま、アドラは顔だけをクリスティアンのほうへとあげる。
「言っておくが、危険なのはそっちも。ていうか、ガキ共が居る時点でそっちのほうが危険度は高いんだからな」
「そうだけど……」
「向こうさんにどれだけ残りが居るか分からねえが、あたしなら街の中の出口より、外の出口を固める。あたしが中で暴れて敵を引きつけている間に突破しろって言ってんだ」
「そのあと、君はどうするんだい」
「下の道はともかく、上の道はだいたい頭に入れた。なんとか撒いて逃げるさ。最悪、入ってきた入り口の関所をぶっ飛ばせば良い」
「……」
「他に良い案がてめぇにないならこれで行く。文句は」
「……分かった」
「おー、アドラ」
「あん? なんだ」
「モニカは、おみやげはおにくがよい」
「遊びに行くわけじゃねえよ」
「ざんねん」
本気かわざとか。落ち込んでいる彼女の頭を、アドラは優しく撫で上げた。
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