第75話


「助けたかったんだと思う。君を含む、子ども達を」


「……おいら、思いっきり蹴られたって言ったはずなんだけど」


 背中から聞こえる少年の声には落胆の音が混ざっており、事実ため息までクリスティアンの耳に届いていた。


「私もまだ彼女と知り合って間もないけれど、彼女は……、まあ、乱暴で口も悪いけれど」


「フォローする気あるの」


「んッ! それでも、それでもね。彼女はやっぱりどこかで優しい人なんだと思うんだ。だから、捕まっている君たちを見てどこかで助けてあげたいと思ったはずなんだよ」


「だからさ」


「うん」


 背中から感じる気配に若干の苛立ちが籠り始めたため、彼は話を急いで進めていく。回りくどいというのは何度も友人に指摘された悪い癖であったと反省しながら。


「あの時彼女は、目的のために先に進む必要があった。仮にすぐに君たちを助けても地上まで連れて行ってあげることは出来ない。この数だしね」


 後ろから聞こえてくるのは、多くの子ども達の足音。希望を取り戻し始めたからこそ、身体が忘れていた痛みを思い出し、泣き言を零している子も少なくない。


「かといって、絶対に戻れる保証もなかったし。……それに、もし彼女が必ず助けに戻るからしばらく大人しくしていろ。と言われていたとして、君はどう思う?」


「……絶対に助けに戻ってくることはないと思う……んじゃないかな」


「だろうね。私が君の立場でもそう思うはずだ。そうなれば、大人しくしているはずもないし、どこかに居るはずの敵がその騒ぎを聞きつける可能性も増えていく。結局は、自分もなにより君たちも危険にさらしてしまうと考えたんじゃないかな」


「だからって、蹴るのはないと思うんだけど」


「はは……、それは、……うん、私も同意見だよ……」


「…………」


「乱暴なやり方だったとは思うけれど、それでも……助けてあげたかったのと、あとは……、彼女自身絶対に助けれるか分からなくて、無責任に希望を押し付けたくなかったんじゃないかな。多分、彼女はあれで責任感がかなり強いみたいだから」


「…………」


「蹴ったことは事実としてひどいだろうし、それを許してあげてほしいとは言わないけれど。彼女の真意は、こういうことだったんじゃ、ないかな」


「……降ろして」


「え? でも、まだ身体が痛むだろう? 無理はしないで良いよ」


「良いから」


「……分かった」


 クリスティアンの背中から降りたチコは下を向いているため、彼がどのような顔をしているのか確認することは出来なかった。

 かといって、一刻を争う状況で歩みを止めるわけにもいかず、不安を感じながらもクリスティアンは先頭を進んで行く。


「……ていうかさ」


「え?」


 黙ったままクリスティアンの隣を歩き続けていたチコが急に言葉を発する。


「おいらも、何甘えたこと言ってんだって話だったんだよ。おいら達みたいなのは、自分で自分を守らないといけないわけで。それを他人に求めて拒否されたぐらいで傷ついてるとか……、馬鹿な話だったわけなんだよ」


「そんなことは……」


「お兄さん、本当に裕福なところで育ったんだね? ……まあ、あのお姉さんがどうして蹴ったんだとか、そういうのは。……ここを無事に抜けてから考えれば良い話だよね」


 顔を上げた少年は、捻くれたようで、いたずらっ子のようで、それでいて強かな図太さを持った笑顔をしていた。


「ははっ! うん、そうだね。それはその通りだ」


「さっき少し聞いたけどこのままいけば下水道に行くんでしょう? この街に住んでいるおいらでさえ下水は複雑すぎてある程度しか分からないんだけど、大丈夫なのさ?」


「そこは、私に任せておくれ」


「ヤバい生き物とか居るって話もあるけど?」


「……そこは、アドラが合流するのを待つ方向で…………」


「……ああ、そう」


 今度こそはっきりと落胆の籠もった瞳を向けられても、涙を流すまいと心を痛めるクリスティアンなのであった。

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