第74話


「チャノ ラ イェ ミー トゥアン」


 自身の杖と、拾った小石に灯りを灯す。小石は逃げる子ども達の数人と、先頭を行くレオへと握らせる。

 気絶したままの少年を背負い、クリスティアンは通路を駆け足で駆け抜けていく。背後からは怒声や爆音が響く。心配がないと言えば嘘になるが、こちら側にだって危険がないと言い切れる保障もないため、後ろのことは彼女に任せると心に決めていた。


「みんなーッ! 大丈夫だから、安心してついてきてーッ」


「おー、こけるとあぶない」


 レオとモニカの二人は、続く子ども達へと常に声を掛け続けている。最初はアドラに脅されて恐怖で歩き出した子ども達も、逃げることが出来る。助かるかもしれない。と徐々にではあるが死んでいた瞳に力が戻り始めていた。


「おじさん。このまま行くと下水道に出るんだよね? そこまで行けば助かるんだよね?」


「油断は出来ないけどね。でも、ここの下水道は街の外にまで繋がっている。そこまで行ければひとまずは大丈夫なはずだ」


「まちのそとにでたらどうなる?」


「……、この街には戻れないだろうし。みんな身寄りも居ない子ばかりだろうから……、とにかくまずは脱出することに専念しよう」


「おー」


「うん! その後のことは後で考えれば良いもんね!」


 質問に答えが返ってきていないことをモニカは少し不思議がっていたが、レオの言葉で納得したようであった。

 そんな彼の言葉に、内心でクリスティアンは安堵していた。後のことを考えるよりも目の前のことを解決することが常に良いというわけではないが、少なくとも今は助かっていた。


 長い通路も半分ほど過ぎた頃、クリスティアンの背中で気絶していた少年が、もぞもぞと動きだした。


「……ぁ…………ぅあ」


「お。気がついたかぃ?」


「……ここ、は」


「君が捕まっていた牢屋のある地下施設。いま、みんなで逃げているところさ」


「牢屋………………。ッ! あ、痛ぅゥウ!」


 鈍っていた思考が戻り、自分がどうなっていたかを思い出した少年は、同時に襲いかかる顔面と後頭部への痛みで顔をしかめた。


「無理はしないでいいよ。しばらくは私が背負ってあげるから。それより、……ええと、チコくん、だよね?」


「……うん」


「可哀想に。随分痛そうだけど、殴られたりしたのかい」


「……いや」


「うん?」


「あんたのツレの女に蹴られた」


「うん!?」


 クリスティアンは思わず立ち止まってしまいそうになるほど、少年の言葉に驚いてしまった。

 困惑しだした頭を少し振り、身体に前へ走れと命令を下す。


「え、ええと……、ツレのって、アドラのこと、だよね?」


「ああ。……、牢屋に居る時にあの女が一人でやってきて、助けてってお願いしたら思いっきり」


「うぅん……?」


 この場で彼が嘘を言う理由が存在しないため、彼の言葉が真実であると想定しながらクリスティアンはアドラが取った行動の意味を考えていく。

 一人で、ということはさきほど牢屋から子ども達を解放した時ではなく、その前に彼女が牢屋に来ていたということ。その際に、助けてと求めれば蹴られ気絶した。


「あぁ……」


 そこまで、考えて。そういうことかとクリスティアンは彼女の行動に当たりをつけて、そして、思わず溜息を零した。


「多分、なんだけどね」


「うん?」


 おそらく今から言うことがアドラに伝われば、余計なことをするなと怒られるだろうな。そんなことを思いながら、彼は背中の少年へと語りかけた。

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