第71話
「うらァ!」
すでにこと切れた敵兵の肉体を武器として振り回す。はじめは腕を掴んでいたが、振り回している間に取れてしまったので、今は足を掴んでいる。
飛んでくる矢も鉄鎧を着こんでいる武器を貫通する威力はない。その場しのぎとはいえ、それなりに攻防に長けた武器と化していた。
周囲には無数の兵士の山。その数は十を優に超えていた、が、それでも通路を通してやってくる敵兵はまだまだ存在している。
ズキズキと痛む背中に苛立ちを覚えながらも、その怒りすら力に変えてアドラは敵を潰し続けていた。
ようやく晴れてきた煙の先に、件の塔がバチバチと火花を上げているのが見て取れる。破壊することに成功こそしたものの、それがどの程度の破壊に繋がっているかはさすがに彼女の知識では分からない。修復が不可能なものなのか、それともすぐに直せてしまうようなものなのか。
また、時間が経過するごとに敵兵の精度も増している。ただ力任せに振り回しているだけで良かった最初に比べると、立ち位置を意識しなければ反撃を喰らいそうになるほどであった。
「大人しくしろ!」
「貴様が生きてここを出ることは不可能だ!」
「ああ、そう……かぃ!!」
ありきたりな台詞を吐いてくれる兵士に、振りかぶった武器をぶち込む。強がってはいるものの彼らの台詞は本当のことである。
逃げるにしてもあまり広さのない通路を突っ切る術が今の彼女にはない。
こんなことならもう一つも奪っておけば良かったか。なんて考えて、いれば脇腹を槍の一撃が霞めていく。
「なッ! 貴様!?」
「何者だ! いったいどこから!」
「ァん?」
通路の向こう側から、焦る敵兵の声がした。と思った矢先、
「チャノ ミコ ピフルァ!」
嫌な予感に、彼女が咄嗟に左へ飛べば、通路の向こう側から部屋のなかへと大きな火の玉が敵兵を焼き焦がしつつ飛び込んでくる。
聞こえてきたその声は、
「な、なんなんだこの場所は!?」
「おじさん! はやく! この先だよ!!」
「おー」
「ま、待ってくれレオくん! 何が待っているか分からないんだから先に行かないで!」
聞き慣れた声であり、その後部屋の中へ飛びこんできた男の顔に思わず、
「な、なんだあの塔、て……アド、らが!?」
拳をぶち込んでしまっていた。
「おじさッ!! あれ? ママッ!」
「おー、アドラ」
鼻血を出し倒れるクリスティアンに心配しながらも守るためか彼の前に飛び出した二人の子ども達は、殴った相手がアドラだと分かった途端、クリスティアンを放置してアドラの胸へと飛び込んでいく。哀れ、クリスティアン。
「レオ! どうしてこんなところに居るの!」
二人の子供立ちを抱きとめて、自慢の息子へ彼女は高速の頬擦りを行う。
「うわぁぁあぁぁ」
「おー」
「痛たたた……、あ、アドラ……、どうして私は今殴られ……」
「おい、こら」
「ヒィ!?」
抱きしめられているため子ども達からは見えないが、クリスティアンから見える彼女の顔は、化け物以外の何物でもなかった。
「どうしててめぇがここに居る……、ていうかなんでこの子ら連れてきてんだ、ァア!?」
「い、いやいやいや! 来たくて来たわけじゃなくて偶然でッ!!」
殺される。
泣きそうになりながら、というか実際は泣きながら彼は必死で命乞いを行った。生き残るためなら恥ずかしいなんて言ってられないのだ。
「そんなことよりママ! あれ! あの塔から声がするんだよ!」
そんなことと斬り捨てる少年もそれはそれでどうかな思うところがあるのだが、大事な息子の言葉のおかげで彼女は処刑を取りやめることにした。
「声? ……なんのこと?」
「助けてって! 男の子とか女の子とかいっぱい!」
「おー、モニカにはきこえない?」
「実は、さっきからレオくんがこの調子で、それで彼が走った先にこの塔があったんだけど……、これは何なんだい?」
「奇跡の正体ってとこだな」
「どういうことなの?」
「おー? これがぴかぴかひかる?」
「ああ、そうだよ」
子ども達を降ろし、正解を言い当てたモニカの頭を彼女は優しく一回だけ撫でる。
「路地裏のガキ共の命を媒体にしてな」
「なッ!?」
「え」
「おー」
「破壊したつもりだったけど、レオの言う感じだとまだこの塔は生きているってわけか。おい、クリスティアン」
「子供たちの命……、確かに生き物の身体には多かれ少なかれ魔力が宿っているとされている。それを使うのならその子が魔法の素養があるかないかは関係な、え、な、なんだい!」
「もう一発ぶち込んでくるから、あれ止めてろ」
「あれ? ……ッ! わ、わかった!」
アドラが指さしたのは彼らがやってきた通路。今まで静かだったその向こうから再びガチャガチャと鎧を着こんだ者が走ってくる音が聞こえてきていた。
「レオはここでモニカを守るんだよ。モニカ、死んでも逃げな」
「う、うん!」
「おー!」
通路に向かってクリスティアンが詠唱を開始するのを確認し、子供たちに簡単な指示を出した彼女は、部屋の隅に転がるカルロスの遺体へと走り出した。
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