第70話
「ガァアァッ! ァ、ッ! ァがグぃガァアアア!!」
「うぐッ」
突然アドラが床に放り出された自由となる。爆破の痛みで巧く着地し損ねた彼女は隙だらけだがそれをカルロスは狙おうともしない。いや、狙う余裕がない。
「きッ! ぎざ、まぁぁァアアア!!」
彼は右手で自身の左手を包み込む。退屈と不満に満ちていた彼の顔は、打って変わって痛みと怒りに満ち溢れていた。
――ぽたり
床に出来る真っ赤な滲み。
彼の足元に生まれるその滲みが、
「ぷッ! ……まっじぃ」
彼の指が失われたことを示していた。
アドラが自分のものではない血で溢れた口内から吐き出したのは、指輪がつけられたカルロスの人差し指。
「よぐもッ! わだしの、あぁぐッ! 指をぉぉ!!」
指輪を外して、自分の手にはめる。それを片手で器用に行いながら、さきほど同様にまっすぐ飛び出した彼女を痛みに耐えながらカルロスの膝蹴りが襲う。
「同じことをォ!」
「ぶッ!!」
「ながッ!?」
口内にため込んだカルロスの血を霧状に吐き出せば、驚き視界の奪われた彼の行動が一瞬制止する。
それだけあれば十分だった。
アドラの拳が、カルロスの腹に突き刺さるには。
「ァ……がァッ!?」
「あばよ」
――ドォン!
爆発の威力は振るわれた拳の威力に比例する。
カルロスのそれとは比べようのないほどの破壊力を秘めた爆発が、彼の肉体を吹き飛ばす。
「良いこと教えてやるよ」
全身が黒焦げとなり、腹に大穴を開けた彼がゆっくり床に倒れていくのを見続けながら、
「死ぬその時まで、敵から目ぇ離すと碌なことがねえぞ」
残った血を床へと吐き出した。
「ぁ、痛ッッッ! ああ、くっそ……! 時間がねえとはいえまともに受けるもんじゃねえな」
焼け焦げた背中を適当に摩りつつ、彼女はまっすぐに部屋の中央へと向かう。
今なお不気味に光り続ける怪しげな塔のすぐ傍で、
「さって、と……。目には目を。女神にゃ」
渾身。
走りながらの先ほどとは違う。しっかり腰を入れた正真正銘彼女の渾身の一撃が、
「女神だろぉがぁぁァアアア!!」
大爆発を引き起こした。
※※※
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「げほッ! ごほッ!!」
咳き込みながら煙かき分けてアドラが姿を現す。
鳴り響く警戒音を聞きつけて、こちらへ向かう足音が聞こえてくる。一刻も早くこの場を後にするべきなのだろうが、それでも彼女は逃げようとしない。
それは、煙の先に見えなくなった塔の破壊を完全に認識するためもあったのだが、
「現れるかと思ったが……、この程度は気にも留めねえってか……?」
外れてしまった目論見に、無意識に舌打ちが漏れる。
「いったい何があった!」
「カルロス司祭殿! カルロス司祭殿!」
「追加の兵を回させろ! 侵入者を必ず捕らえるんだ!」
「団体のお出ましかよ」
「な、にものだ貴様ッ!」
道をふさいでいた鉄の柵が上がれば、複数の武装した兵士が部屋へとなだれ込んでくる。アドラの姿を発見し彼らが武器を構え切るその前に、彼女は先頭の兵士のすぐ目の前にまで距離を詰め切っていた。
「うわァ!?」
「腰が」
恐怖から反射で突き出した兵士の槍を、アドラは片手で簡単に掴む。
「入ってねえ!」
「ごガッ!?」
ぐい、と自身の方へと引き寄せバランスを崩した兵士を頭突きの一撃で沈黙させれば、彼の手が槍から離れて彼女の武器へと早変わり。
すぐそばの別の兵士には目もくれず、手にした槍を早々に入り口付近へと投げつける。目標は部屋に入って来たばかりの弓持ち兵。
「ぎィ!?」
兵士の悲鳴で攻撃が当たったことを確認した彼女は、更に一歩前へと進む。
「このッ!」
「侵入者が!」
彼女の斜め前に左右に居た二人の兵士が、クロスするように槍を突き出すけれど、それはさっきまで彼女が居た場所。一歩踏み出した彼女には残念ながら当たらない。
彼らが槍を戻す前に、アドラが右に居た兵士の腕を掴む。
「うわぁぁあぁあぁあ!!」
「おらおらおらァ!!」
鉄の鎧を身に纏った大人の男を軽々と振り回し、周囲の兵士をなぎ倒していく。暴れまわる彼女は悪鬼羅刹のようである。
「(教会程度と思ったが、くそったれ……! どこに潜んでいやがった!)」
次々兵士を倒しながらも、それ以上に入り口から流れ込んでくる兵士の数に、一歩また一歩と彼女は部屋の中へと戻されていく。
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