第69話


「ガッ……ッ、ァッ!」


「ふ、ふふ、ふはははッ!」


「固……でぇえッ!?」


 中央にそびえる不気味な塔へとふりおろそれたアドラの拳。怪力を自慢する彼女の渾身の一撃は、塔にヒビ一つ生み出すことが出来なかった。

 拳への反動に思わず悲鳴が漏れる。殴った感触は鉄とも違う。材質がなにかも分からないそれは、少なくとも彼女の力だけで破壊出来るようなものではなかった。


 痛みで顔を顰める彼女に生まれた隙を見逃してあげるほど、カルロスは優しい男でなければ、彼女を甘く見てもいなかった。


「ふんッ!」


「くッ……!」


 がら空きのアドラの後頭部へと彼の拳が放たれる。避けることが不可能だと判断した彼女は、振り向きざまに左腕を顔の前へと突き出して、その攻撃を防ごうとする。

 思惑通り拳の一撃は防ぐことが出来る。生じる衝撃もなんとか我慢できる範疇。だが、


 ――ドンッ!


「ガッ! ハぐァ!?」


 続いて発生する爆発に吹き飛ばされた身体が、真後ろに塔へと激突する。

 それで少しでも傷がついてくれればと思うも、ヒト一人がぶつかった塔は何事もなく立ち続けている。


「ふ、ふはは! 少し焦ったが、所詮は山賊如きが一撃で女神様が御創りになられたこの装置が壊れるはずがないだろう!」


「ぷッ」


 口内に溜まった血を吐き捨てて、アドラは立ち上がる。左腕は焼け焦げているものの動かないわけではない。まだ、拳を握ることも出来る。


「うっせぇな。だったらンなにみっともなく慌ててんじゃねえよ、タコ」


「ほう。私の一撃を喰らってなお立つとは」


「どこぞのチンケな魔法具の補助で偉そうに言ってんじゃねえよ」


「チンケ? チンケ、とな。…………ふははははッ!」


「あン?」


 突如として笑い出した彼の様子に、アドラの眉を顰める。腹立たしいことに、そんななかでも付け入るような隙を作っていないあたりは彼は戦いに慣れている。


「この指輪は女神様より賜ったもの! 分かるか? それはつまり、これを以て武力とし、私が最高司祭になれという女神様よりの御言葉!」


「へぇ……」


「今はまだこの地で女神様の奇跡を守っているに過ぎんが、もう二、三年もすれば私が王都にて最高司祭の椅子に座っている!」


「そう……、かいッ!」


 声高々に酔いしれる彼の懐に飛び込んだ彼女の拳が、


「そんな分かり易い攻撃が当たるわけがないだろうがッ!!」


「ガッ!?」


 カルロスに届く前に、彼女の腹を彼の膝が蹴り上げる。

 浮かんだ彼女の背中に、右の拳が振り下ろされ、続く爆発。


 地面に叩きつけられた彼女は、勢いを殺し切れずに弾むボールのように浮かび上がる。


「どうした。話に聞く貴様にしては短慮な攻撃。そんなものか? それでは楽しくないではないか」


 再度地面に落ちる前に、カルロスはありありと不満を顔に出しながら彼女の胸倉を掴んで持ち上げる。

 元はといえば、前線で戦い続けていた彼にとってこの地の任務は名誉であるが同時にストレスの溜まるものでもあった。そんな折にやってきたのが彼女。保護せよと王より命令の出ている勇者を連れた犯罪者。加えて腕利き。

 にも拘らず、


「噂が所詮噂であることはよくあることだ。それでもだ。もう少しは骨があっても良いではないか。なあ? そうだろう?」


「…………」


 二度も爆発を受け、彼女の瞳は虚ろなものになってしまっていた。

 悪態を返す元気もない彼女の様子に、つまらないとは思いつつも、勇者である少年を確保する任務も残っている彼はさっさとトドメを刺すことにした。


「恨むなら自分の役割を恨め。次は、もう少しマシな役割で生まれてこれるよう祈るんだな」


 右の拳を振り上げようとも何もせず、ただ死んだ虚ろな瞳を浮かべるだけの彼女に、彼がため息を零したその時に、


 彼女は厭らしく微笑んだ。

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