第63話


 古臭い木製のベッドが二床。

 適当に掛けられた布は元は白色だったのだろうが、今は薄汚い黄色と禍々しい赤色の二色に染まっていた。

 無駄に引き出しの多い箪笥は、綺麗に整頓していないのだろう。パンパンで閉めきることが出来ていない引き出しが多くそこからは鉄製の拷問器具が見え隠れてしていた。

 部屋のあちこちには鉄製だったり木製だったりのバケツが散乱しており、そのどれもが並々と赤い液体を含んでいた。なかには、肌色の何かが突っ込まれているものもある。

 唯一扉の向こうにあった部屋で綺麗だったのは、ベッドから最も離れた位置に置かれてある机。

 そこには、なにやら大量の書類が山の様に積み重なっている。どう見ても汚いのだが、この部屋の状況を見ればただ物が乱雑になっていることなどはとても綺麗なことのように思えてしまう。


 入ってきた扉を除いて、先へと続く扉は二つ。

 彼女が入ってきた方角から見て、まっすぐに一つと、左に一つ。


 ベッドの上に無造作に置かれていた鋸に付着した赤い液体が、乾ききっていることからこの部屋に人が居なくなってそれなりの時間が経過していると判断したアドラは、音を立てないように机へと移動して、書類のいくつかに目を通していく。


 そこに書かれていたのは、人体に関する研究内容。

 どれもこれも、医者であれば喉から手が出るほどに確認したい内容であったはずだ。なにしろ、ヒト族の身体の中身についてとても詳細に図を含めて解説されていたのだから。

 それだけではなく、どれだけの毒をどのように投与すればどれだけ持つか。等の調査内容もまとめられていた。


 もっとも本当にこの書類を医者が見れば、ある不満を口にするかもしれない。

 なぜなら、この書類に書かれてあることはどれもこれも全てを対象にして書かれているものであったのだ。

 医者は当然大人も看なければならない。そうなれば、大人のデータも当然欲しいと言っただろう。


 眉一つ動かさずに書類に目を通していた彼女は、これ以上は無駄だと判断して書類を机に戻す。

 警戒は続けていたものの、来た扉からも残りの二つの扉からも音がしない。さすがにこれだけ音がしないのもおかしいとは思いはしたが、彼女はとりあえず左へと続く扉を調べたあと、静かに開けて奥へと進むことにした。



 ※※※



「はん」


 本当に無意識に漏れてしまっていた。

 目の前に広がる光景に声が漏れたことを彼女は恥じる。


「ぅ……うぁ……」

「ひっぐ、ぁぐ……ぅぐ……」

「助け……て、も、嫌ぁ……」


 左の扉をしばらく進んで現れたのは、これぞまさしくどこに出しても恥ずかしくのない牢屋であった。

 いくつかの牢がずらりと並んだ広い牢屋には、多くの子ども達が監禁されていた。


 怪我をしていない者を探すほうが難しく、五体満足なものも居れば、四肢のどれかないしはその全てを失っている者も多く居た。

 身体か心か。痛みには誰も彼もが声を漏らしており、泣き叫んでいるものも居るが気にするものは誰も居ない。


 看守まで居ないのは不思議なことであるけれど、アドラにとっては都合の良いことでもあった。


「ぉ、姉さん?」


「……おう」


 向こう側の端に別の扉を見つけていた彼女を呼び止める弱弱しい声が一つ。

 声のほうへ振り向けば、そこには見知った顔の少年が居た。


「チコ、だっけか」


「ぁ……ぁあ……ッ」


 街で出会ったときから薄汚れた少年ではあったが、今の彼はその時がまだ綺麗だったと思えるほどにボロボロであった。

 幸いなことに肉体は全て残っていたものの、殴られたのか顔は腫れ上がっており前歯を何本か失っていた。


「こんなところに居たのか」


「た、ぁ……、おね」


「宿屋のおっさんが心配してたぞ。良かったな、心配してくれる大人が居て」


「助けて……ッ!!」


 ――ガシャン


 牢の檻を掴む、いや、檻にぶち当たりながら彼は泣き叫んだ。


「死にたくない」


 ぼろぼろと涙を流して、


「死にたぐない」


 檻の隙間からアドラへと手を伸ばす。


「死にだぐない!!」


「あー……、勘違いしているみたいだけどよ」


 そんな彼に、アドラは


「あたしは山賊なんでよ」


 うるさいな。と言わんばかりに髪を掻き分けて、


「助けを求められても、困る」


 零れ落ちそうなほど目を見開かせた少年の顔に、蹴りをぶち込んだ。

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