第62話
分厚い扉が閉まれば、天井近くの明かり窓から入り込む灯りだけが室内を照らしてくれる。
薄暗い室内は、苦手な人であれば数秒たりとも居たくないと思えるほどに埃だらけであり、息をするだけで咳き込みそうなほどであった。
片手で口元を抑えながら、アドラは室内を慎重に物色していく。外から見えていたように中は倉庫であり、古くなってしまった家具や何やら大量の紙の束などがそれなりには整頓されて放置されていた。
とはいえ、軽く見る程度ではそれだけであり、ここからどこか別の場所へ移動するためには彼女が入ってきた入り口の扉を使うほかはなかった。
本当にただの倉庫であり、扉の前の兵士は観光客が来ることもあるために念のために配置していただけか、とアドラが舌打ちしかけたその時、
「ん……?」
埃塗れの倉庫の中でひとつだけ、埃が余り積もっていない大きな木箱があった。
埃が積もっていないのは、木箱だけではなく。その周辺の床も埃が被っていない。
「て、いうことは」
――コンコン
周囲を警戒しながら彼女が木箱を軽くたたけば、中身が詰まっているとは思えない空の木箱特有の音が鳴る。
音を確認した彼女は、鞄の中から水袋を取り出して少し口に含み木箱の周囲に霧状に吹きかけていく。
「ビンゴ」
明かり窓から入り込む日光でキラキラと光る空中に走る一本の線。
吹きかけた水分が付着したことで、見えにくいように張られていた線が見えるようになっていた。
その線は、木箱から伸びており……、逆側には。
「ボウガン……、で、当然毒矢か」
荷物の中に隠されていたボウガンには、不自然に先端が紫に変色した矢。
不用意に木箱を動かせば間違いなく射抜かれていたであろうその罠を解除してから、彼女は木箱を奥へと押していく。
空の木箱はいとも簡単にその場を譲る。
そして、そこにあったのは、地下へと降りる石の階段。
「んで……、どうせ」
すぐには階段を降りずに、彼女はしゃがんで階段の一段目と二段目を優しく撫でてみる。
決して力を入れないように気を付けて撫でていけば、一段目と二段目は見た目こそ同じにも拘わらず、その感触がまったく異なるものであった。
少し腕を伸ばして三段目も確認した彼女は、近くの他の木箱を覆っていたかび臭い布を奪ったあと一段目を踏まないようにして階段を降りていく。
※※※
訓練次第で、ヒト族もある程度の夜目が利くようになる。
山賊であるアドラも当然一般人に比べれば遥かに夜目が利くのだが、いまはあまり関係がなかった。
地下へと伸びる階段の壁は、一定の間隔で青白い光を放っており多少薄暗いことを我慢すれば問題なく活動が出来るようになっている。
つまりは、普段から何者かがこの通路を使用していることを意味しているのだが、少なくとも今はアドラの耳が何か音を捉えることはない。
同じような光景に時間間隔が狂いそうになるなかで、ようやく階段を降り切れば目の前には木製の扉。
扉の前に罠がないことを確認した彼女は、開ける前に扉に耳を付けて向こう側の音を拾っていく。
一秒。
二秒。
…………。
きっかり十秒。
扉の向こう側に音がしないことを確認した彼女は、ゆっくり静かにノブを回して扉を押し開けていく。
古い扉は嫌でも音を出してしまうために、ゆっくりゆっくりと開けていけば少しだけ空いた隙間から、
「……~~、」
むせ返るような血の匂いが漂ってきた。
それも最近のものだけでなく、長い年月をかけてこびり付いた血の匂い。
停滞し腐り始めた空気にこびり付いた血とカビの匂い。
懐かしいその香りに顔を顰めつつ、彼女は扉の隙間からゆっくり中へと侵入し、
息子を置いてきたのは正解だったと、部屋を見て確信した。
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