第61話


 楔で打ち付けたロープを頼りに穴の中を落ちて行く。

 最初こそ落ちる感覚だったその穴は、徐々に傾斜が緩やかになっていき、落ちるから滑るへと移行していく。


 先に灯りの魔法を唱えてから降りるべきだと気付いたのは、彼の視界がゼロになったあとであった。

 確実にアドラがこの場に居ればどやされることであるが、その前にレオが落ちた時点で半殺しは確定しているであろう。


「とっ、……、モニカ、レオくん。居るかい?」


「大丈夫だよ!」


「モニカもいる」


 最後は穴というより、滑り台のようになっていたそこを下り終えた彼はすぐ近くから聞こえてくる子供たちの声に安堵し、呪文を唱える。


「チャノ ラ イェ ミー トゥアン」


 彼が持つ杖に宿る優しく淡い明りが、周囲を照らしていく。

 灯りに映し出されたのは、不安そうな顔から安心した顔へ一転していく少年と、図太いのかいまだに野イチゴを食べ続けている少女の姿であった。


「良かった……、二人とも怪我はないかい」


「うん!」


「おー」


 念のために二人の身体を確認しながら、彼は周囲の様子も見ていく。

 自然洞窟のようなものだとばかり思っていたそこは、まったく逆の人工の建物の内部であった。

 床は土ではなく、石畳であり壁や天井も人の手が加えられている。


「丘の地下に、なにか建物があって、そこに穴が開いた……? それにしても、なんなんだこの場所は」


 大人が三人は並べそうなほど広い空間ではあるものの、特に何かあるわけでもなく降りてきた彼から見て左右にずっと続いているため、部屋ではなく廊下に繋がっていたのだろうと、クリスティアンは判断した。


「とにかく、ここから出よう。さ、このロープを昇っていって」


「…………おー」


「モニカちゃんには難しくないかな」


 レオの言う通り、落ちた最初はそれこそ真下に伸びる穴であったため、最初はともかく最後には腕の力で真上に昇っていくことになる。

 非力なモニカはもとより、レオにも可能かどうか怪しいところであった。


「大丈夫。ちゃんと魔法で腕の力を強化してあげるから、さあ、はや……、しッ」


「ッ」


「おー? どう、むが」


 短い命令にすぐに従い自分の手で口を覆ったレオとは異なり、普通に話しかけようとした娘の口を手で覆いながら、クリスティアンは自分の耳に集中する。


『本当に声がしたんだろうな』

『間違いありません。子どもらしき声が向こうから』

『うぅん……、まさか逃げだしたのか』


「まずい、誰か来る。…………モニカ、レオくん。こっちだ」


 落ちてきた彼らから見て、右側から聞こえてきた声と近づいてくる足音。見つかる前に、彼ら三人はどこまで伸びているか分からない長い廊下を声とは逆の方角へ歩き出した。

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