第60話


「二人とも、あんまり離れないでっ」


「おー、レオ、レオ。こっちにもなにかある」


「あ、これは野いちごだよ、甘酸っぱくて美味しいんだ」


「すばらしい」


 アドラが無事に教会へと侵入した時、クリスティアンは丘ではしゃぎ回る子ども達二人に振り回されていた。

 子ども達としても、大人二人が何か難しいことをしていることぐらいは感じ取っているものの、そんなことよりも目の前に広がる広大な遊び場の魅力のほうが重要であった。


 緩い斜面を上がっては、一気に駆け下りたり。降りたと思えばまた上がったり、茂みを見つけたと思えば突撃したり、と大忙しな二人にクリスティアンはついていくので精一杯である。

 アドラのシゴキ特訓のおかげでほんの少しは体力が付いたとはいえ、どうやら子守に関する体力というものはまったく別物なのかもしれない。


「ふた、二人とも……、そろそろ休憩しな、いかい……?」


「おじさん、もう疲れちゃったの?」


「なさけない」


「ぐ……」


 これが本当になんでもない丘にピクニックに来ているというのであれば、彼としても視界に入るところで勝手に遊ばせておくのだが、現状がそうもいかない。

 結果として、子ども達のすぐ傍を追いかけ続けることになってしまっていた。


「モニカも、きょうかいいきたかったな」


「うん、僕も見てみたかったよ」


「ごめんよ、私がもっと魔法を使えていたら入らせてあげれるんだけど」


「おじさんより魔法を上手に使える人ってどのくらい居るの?」


 田舎で育っており周囲に魔法が使える者が少なかったとはいえ、最高峰の魔法使いであるディアナとそれなりに交流のあるレオにとって、クリスティアンの魔法は子どもながらにとても強力なものであると思っていた。

 そんな彼がもっと使えたらと望むのであれば、世界には彼以上の魔法使いがどのくらいいるのか、少年の瞳には好奇心という名の光が宿っている。


「そう……だね、ヒト族で言うなら王都や、戦いの前線に行けばそれなりに居ると思うよ。それこそ、あのディアナさんを筆頭にね」


「魔族だったら?」


「うーん……」


 収穫した野いちごをもぐもぐと消滅させていく娘の髪を撫でながら、彼は知り合いの顔を思い浮かべていく。


「以前アドラ……、お母さんには言ったんだけど、私は魔法のなかでも防御や支援が得意なほうでね。攻撃魔法とかなら、私の友人の多くが私より上手だったね」


「ドグラスも?」


「あー……、彼は魔法より肉体派だからね……、彼はまた別かな」


「ドグラス?」


 モニカが突然言い出した固有名詞に、レオは首をかしげる。


「私の友人の一人だよ。とても身体が大きくて、そうだね、君のお母さんのように武器を使って戦うのがとても得意なんだ。その分、魔法が苦手でね」


「へえ……、魔族はみんな魔法が得意って聞いてたから変な感じだね」


「あはは、そうかヒト族ではそう言われているのか。確かに、ヒト族よりも魔族のほうが魔法の扱いが上手と言われては居るけれど、魔族のなかにも魔法が使えない者は多いよ」


 戦いの場に繰り出していた者の多くが魔法を扱えていたため、そのような話が出回っているのだろうか、とヒト族の認識に彼は興味を示していた。


「お」


「うん? モニカ、どこへ行くんだい」


 食べようとした野いちごが、ぽろんと地面を転がっていく。それを追いかけて彼女は斜面を下り始めてしまった。


「あ、僕が行くよ」


 クリスティアンが彼女を捕まえようと動くまえに、レオが追いかけていく。はい、そうですか。と完全に任せるわけにはいかないので、クリスティアンもゆっくりと二人のあとを追いかける。

 昔から食欲だけは旺盛だったとはいえ、落ちたものまで追いかけようとするのは注意したほうが良いのだろうか。なんてのんきなことを思っていると、


「お」


「え」


 レオがモニカを捕まえたちょうどそのタイミングで、二人の姿がクリスティアンの視界からかき消えた。


「二人ともッ!?」


 何が起こったか分からない。けれど、杖を取り出し咄嗟に駆け出せば、彼らが消えたその場所の地面には、ぽっかりと大人一人通れそうなほどの穴が口を開けていた。


「~~ッ! モニカ! レオくん!!」


 しゃがみ込み、穴に向かって二人の名を呼ぶ。穴は深くまで伸びているようで、奥まで見通すことが出来ない。

 焦るクリスティアンが、穴へと飛び込もうとしたそのときに、


「おー……」


「おじさーーーん! 大丈夫だよーー!」


 穴の奥から元気そうな二人の声が届いた。


「…………、良かった……、怪我はないかいー!」


「うんー! でも、真っ暗でも何も見えないー!」


「のいちご……」


 どこかズレている娘と的確に状況を伝えてくれるレオの対照的な声に、やはりしっかり育てようと思いながらも、彼は手元のかばんからロープと楔を取りだして、地面に打ち付けていく。


「今からそっちに行くから、じっとしているんだよー!」


「うんー!」


「わかったー」


 ロープを何度か引っ張って、楔の状態を確認した後、彼は口を開ける穴のなかへと飛び込んでいった。

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