奇跡の正体

第56話


「おはよう、よく眠れたか」


「おかげさんでな」


「…………」


「モ、モニカちゃん、寝ながら歩いちゃ駄目だよ!?」


 一階へ降りてきた四人に、左腕のない店主が厳つい声をかける。けれど、大して興味もないらしく、ただの業務的な挨拶のようだ。


「とりあえず、朝ごはんにしようか」


「おにく」


「朝からは駄目」


「けち」


「そうだな。おい、おっさん。ここに連れてきたガキがどこにいるか知っているか?」


「…………チコか」


「名前は知らねえ」


「……今日は見てねえ」


「じゃあ、自分で探すか。また夕方にでも戻ってくる。掃除はいらねえ」


「あいよ」


「あの子、チコくんって言うんだね!」


「そうみたいね。……、旨い店紹介してもらおうと思ったんだが」


「モニカはきのうのおみせとかがよいとおもう」


「あそこは昼からしかやってねえ」


「ぜつぼうした」


 落ち込むモニカをレオが慰めながら、四人は宿を出て路地を歩いていく。見るからに孤児らしき存在が胡乱な瞳で彼らを見つめ続けるけれど、子供たちを抱っこした二人は決して視線を合わせようとせず路地を抜けていく。


 時折よろよろと近づこうとする子もいるのだが、アドラがひと睨みすれば心臓を抑えて逃げ出していく。


「ヒト族の街は、こんなに孤児が居るのかぃ……?」


「まだマシなほうだな。いまの王は、戦争賛成派だからな、どこにもかしこにも孤児が生まれる」


「そうか……」


「教会とかの保護施設は、良い役割を持つガキを優先するからな。農民など、その辺のどこにでもいるような役割を持ったガキは、基本こうやっていきていくよ」


「…………」


「間違っても可哀そうなんて思うなよ、キリがねえ。それに、山賊だの犯罪者の役割持ちだった場合、本当に理解する前に死んだほうがマシな人生だって時もある」


「そッ」


「あるよ」


「…………」


 捕まれば、犯罪者は処罰される。

 拷問好きの変態領主なんて噂もまったくないわけではないので、確かに彼女が言うことは一理ある話ではあった。


「朝飯食ったら、上の道を実際に歩き回るぞ。露店の場所とか、地図には乗ってねえことは山ほどあるんだからな」


 暗くなってしまった空気を誤魔化すように、アドラはいつもより少し早口で言い切ると、やはり早足で路地を抜けていった。



 ※※※



「これはこれで」


「美味しい?」


「なかなか」


 どこぞのコメンテーターのような感想を言いながら、モニカは露店の乳粥を口いっぱいに頬張る。

 口に運ぶ手が止まらないので、気に入っているのは間違いないだろう。


「ところで、今日街を見て廻るのは良いんだけど」


「あん?」


「自分で言うのもなんだけど、特段危ないことをするつもりはないし、普通に見て普通に出て行くじゃ駄目なのかな?」


「駄目だな」


 あむ。

 と、粥を頬張りながら彼の意見を否定する。


「どうして?」


「そもそも、お前が口に出すまで役割に関する違和感をあたしもそうだけど、あのディアナだって感じてなかった」


 仕方がないと、斬り捨てた感情。


「その違和感を、もしも本当に女神がどうにかしてたんだとしたら、それを調べることをどう思うよ」


「……邪魔、かな」


「何か起こっても不思議じゃねえし、それでなくても、あたしらは面子が面子だ。素性が知れでもしたらそれだけで追われる身。準備しておくにこしたことはねえよ」


「そういうものだろうか」


「さあ。生活が生活なもんで、疑り深くなっているだけだよ」


 最後の一口を放り込んで、彼女は遠く、街の中央の丘を眺めた。



 ※※※



 準備、といっても実際はただ街を歩くだけである。

 子連れである彼らがそれをすれば、傍から見れば仲の良い親子のようであり、露店で買い物をすればなんとも温かい言葉を向けられた。


 その度にアドラは、店主にはにこやかに、離れた途端に不機嫌な顔をするものだから、クリスティアンにとっては胃が痛くてたまらなかった。


 決して眠らずの丘へは近寄らず、街の周辺をひたすらに歩き続ける。

 時には裏路地に入り、孤児に金を握らせてアドラは色んなことを聞きだしていく。


「んじゃねー! また聞きたいことあったら言ってね、お姉ちゃん!」


「ああ」


 嬉しそうにお金を握りしめて路地へ消えていく兄妹を見送りながら、彼女は渋い顔をする。


「なにか分かったのかい」


「うぅん? ……いや、下水の入り口だとか人気のない道だとかそんなとこだよ」


「あの子たちみたいに、元は孤児で十歳になって役割を理解した子は、……どうなるんだい?」


「うん? だいたいが普通の役割ばかりだからな。農民なら街を出てどこか村を探すし、職人なら工房に拾ってもらうよう動くし、とかじゃねえかな」


「役割を知れば、まわりも受け入れるのか」


「そうだな、まあ、それも言われてみればおかしな話なのかもな。で? 魔族は違うのか?」


「え?」


「魔族にも役割はあるんだろう? そっちはどうなんだよ」


「ぼ、私たちは……、ヒト族と比べると、特に最近は数が少ないからね。孤児も居るけど、可能な限りみんなで育てているよ」


「それは御立派なもので」


「どうだろうか」


「ママー! あそこ! あそこ見て!」


「ぱんけーきがうっている……! モニカはぜひたべてみたい」


 お祭り気分の二人の様子に、アドラは笑いながら彼らの後を追いかけた。

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