第55話


「はぁ…………」


「どうかしたのかぃ? はい、水」


 あれから、しばらく街の中を観光がてら見て廻った四人は、夜ご飯を適当な露天で購入し、宿へと戻っていた。

 部屋でおなかいっぱいになるまで食べた子供たちは、さきほどからベッドで寝息を立てている。ずっと野宿だったため疲れも溜まっていたのだろう。


「さんきゅ、……これがな」


「うん? ……うわ、なにこれ」


 彼女が手渡したのは、婆さんの店で購入した地図。その二枚目。

 地図には複雑という言葉がまだ可愛いと思えるほどにこんがらがった多数の道が書かれていた。

 もはや、適当に子どもが楽しみでぐちゃぐちゃに書いたのではないかと言いたくなるほどの道の多さ、複雑さであった。


「地図、下のな」


「下?」


「下水」


「あー……」


「いくつかは外にもつながっているようだから、万一に備えて覚えておこうと思ったんだが、まじできつい」


「…………」


「上の道は覚えたし、必要最低限だけで良いとは思っちゃいるんだがな。まあ、最悪地図を見ながら」


「…………」


「どうした」


「……少し、時間をもらえるかな」


「あ?」


「覚えてみる」


 無理するな、と彼女の言葉はクリスティアンには届かなかった。

 親の仇のごとく地図を睨みつける彼の姿に、好きにさせるかと彼女もベッドに横になった。



 ※※※



「よし」


「うん?」


 寝入る息子の髪を優しく梳いていると、突然ずっと黙り込んでいたクリスティアンが顔をあげた。


「どうした、諦めたか」


「覚えたよ」


「まあ、そんな複雑なの覚えるほうが難しいからな、出来なくても仕方なんて言った?」


「え? だから覚えたよ」


「……嘘だろ?」


「試してみるかぃ? とは言っても、紙もペンもないか……」


 どうしようかな、と困り顔をする彼を、アドラが信じられないという瞳で見続ける。そんな彼女の視線に、彼は苦笑して、


「元々、肉体労働よりこういったことのほうが得意だったから」


「だとしても、いや、まあ……、出来たってんならそれにこしたことはねえけど」


「少しは役に立ったかな」


「元々お前の旅なんだからもっと役に立て」


「あはは……」


 ごもっともです。と、恥ずかし気に彼は頭をかく。

 悪態をつきつつも、本音で言えばアドラは彼の能力に感心していた。魔力に関してもディアナほどとは言えないものの凄まじく、先日の鬼蜘蛛オグリージャとの戦いでも抜群のサポート能力とそして、多少の戦闘能力を示していた。

 そして、今回の記憶力。


「(こいつ、こんなナリでそこそこ上の立場に居たのか……?)」


 生じる疑問を声に出すことはできなかった。

 自分も隠していることはまだまだいくつもある。聞きだすべきか、それがなれ合いにならないか。

 考えた末、彼女は浮かんだ疑問を飲み込んだ。


「眠らずの丘なんだが」


「うん」


「観光客の振りをすれば、問題なく入れそうだ。癪だが、親子連れにしか見えないからな、あたしらは」


「検査とかは」


「特にねえみたいだ。丘の上に教会があって、さすがにそこは武器の携帯が禁止みたいだが、それだけだな。実際、夜が来ないってだけで、それ以外は本当に普通の丘なんだろうよ」


 そう言って、彼女はカーテンを開ける。

 そこからは、まばゆい明りが入り込んでくる。夜の街の灯りではない、白く強い太陽の光。


 その光は、街の中央から降り注いでいた。

 街のはずれにあるこの宿でさえ、これだけ明るいのだ。中央に近づけば、丘へ行けばそれこそ本当に夜は来ないのだろう。


「不便な街だよ」


 子ども達が起きるといけないので、彼女はカーテンを閉める。この宿が配慮してくれているからか、それともこの街ではこれが標準なのか。随分と厚手の生地のカーテンであった。


「魔法、だとしても灯りの光量もその持続のながさも規格外……、どうなっているんだろう」


「調べるのは構わねえが、調べる内容間違えるなよ」


「え? あ、ああ、勿論だよ!」


 を聞いて、彼の心臓がどきりと跳ねる。


「うん?」


「いや、なんでもない。そろそろ寝るかい?」


「ああ、今夜はお前が先に寝ろ」


「良いのかぃ?」


「認識阻害の魔法で魔力減ってんだろうが」


「……、はは、ありがとう」


 まいったなぁ、とお見通しな彼女の言葉に苦笑して、彼は娘が寝入るベッドへと潜り込み、


「うぐっ」


 娘の蹴りを腹に受けるのであった。

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