第54話


「扉に毒仕込むのはやりすぎじゃねえか?」


「そもそもあれに気付かない時点でワシのつくったもん買う資格はねえさ」


「死んだらどうしてんだよ」


「死ぬちょっと手前の毒使ってるさ、第一、まともなやつはここには近づかねえ。あんたこそどこでうちを知った」


「変なガキ」


「えっえっえっ、あいつか。また変なのに好かれたね」


「あのぉ……」


「あ?」


「あぁん?」


「どうして、そんなに仲良くお茶を飲んで話し合っているのでしょう……」


「「…………」」


「店主だから」


「客だから」


 ついさっき、命の取合でも始まるのかと思えるほどの攻防を繰り広げた二人が、お茶を片手に(内容はともかく)楽し気に話し合う。

 あまりにもあまりにもな光景に、ツッコミを入れざるをおえなかったクリスティアンの言葉に、二人を仲良く顔を見合わせて、なにを当たり前のことを言っているんだ? とばかりに言い放つ。


「そう、ですか……」


「あんたの旦那はあれさね、根性が足りないね」


「旦那じゃねえよ、ただの連れだ」


「ああ、道理で。それは良かったよ」


 聞こえてくる悲しくなる会話から逃げるように、彼は子供たちとともに店の中を見て廻ることにした。

 小さめの店のなかに敷き詰められた数々の武器や防具は、埃をかぶっているものもあるが、放つ輝きからいずれも名品であることが伺える。

 確かに、腕は良いようだ。性格はともかく。


「で、何が欲しいんだい」


「地図、騎獣札、あと適当な防具」


「ワシは地図屋でも魔道具屋でもないんだがねぇ」


「あるだろ」


「あるけど」


 背中を叩きながら重い腰をあげた婆さんは、店の奥へと消えていく。しばらくしてよぼよぼ戻ってきた彼女はいくつかのモノを抱きかかえていた。


「地図は、上かい? 下かい?」


「上。だけど、値段によっちゃ下も」


「札はどこで買っても一緒さ、とりあえず十枚で良いね」


「ああ」


「防具は……、男共だね」


 全員の装備を確認し、アドラとモニカには必要ないと判断した。ということは、モニカのローブの質を見抜いたということになる。


「いや、レオ。あの男の子のだけだ」


「なんだい、あの男の分は良いのかぃ?」


「金がな」


「えっえっえっ、根性なしの甲斐性無しか。ほいじゃあ、あの坊主の採寸でもしようかね。おおぃ、坊主。こっちへおいで」


「うん! お願いします!」


「えっえっえっ、あんたの息子にしちゃ随分行儀良いね。どこで攫ってきたよ」


「正真正銘腹痛めて産んだっての」


 採寸を開始した彼女は、道具などは使用せず、ただレオの身体に数度だけその皴だらけの手のひらを軽く当てていく。


「あいよ、子供用のやつで十分だね。あそこの棚から適当なの選びな。オーダーメイドにする気はあるかぃ?」


「ねえ。金がない」


「んじゃやっぱりあの棚だ」


 教えられた棚で、アドラは特に迷うこともなく軽い皮鎧と革製のオープンフィンガーな手袋を購入する。

 心臓や首など要所を多少程度守るものであり、軽さを重視しているため強度はないよりマシ程度であるが、文字通りないよりマシである。


「これ。頼む」


「はいはい、……ん? えっえっえっ、なんだい、優しいところあるね」


「ほっとけ」


 彼女が棚から購入台に置いた三品を見て、婆さんは皺くちゃな顔を歪ませて笑う。


「ところで」


 代金を数えながら、アドラのほうを見ずに婆さんは話しかける。


「その剣、どこで手に入れた」


「あ? ……さあ、随分昔だったからな、もう忘れちまったよ」


「そうかい。大事にね」


「言われなくても」



 ※※※



「まいどありぃ」


 買うべきものを購入し、彼らは店を後にする。


「ねえねえ! どうかな! 似合う?」


「ああ、もう! レオったら最高にかっこいい! もうすっごい似合う、もう最高!!」


「うやぁぁぁぁ」


「おー、にあ、おー……」


 買ってもらった皮鎧と手袋を身に着けたレオがじゃじゃーん! とお披露目すれば、感極まったアドラに抱きしめられ圧し潰されていく。


「それで、このあとは? 地図も手に入ったし、一度宿に戻るのかい?」


「あ? あー、まあ、少しだけ歩いてからな。いまのうちに道を確認しておきてぇ」


 レオが目を回し始めたので、あわてて解放しながら、アドラは彼の手をとって歩き出、そうとして。


「ああ、そうそう。おい」


「え? ぅわっと!?」


 無造作に彼女が投げたそれを危なげにクリスティアンがキャッチする。

 レオと同種のオープンフィンガーの手袋だった。


「これ……」


「杖持ちで暴れるなら少しは防護しとけ」


「あは、あはは、うん! ありがとう!」


「けッ」


「おー、モニカのは?」


「肉買って帰るか」


「すばらしい」


 嬉しそうに手袋を身に着ける彼の姿を、呆れた瞳で見てから彼女は大通りへと息子と手を繋いで戻っていった。

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