第51話


「左は囮だ、右から来るぞ」


「ぐッ! ぁ、だァ!!」


「前に出るなッ! 三匹目が溜めてる、来るぞ!」


「え、うわッ! うわわわッ!」


「おー、パパー、ふぁいとー」


「頑張れ、おじさん!」


「ったく」


 ハコブの村を出発して、三日目。順調に進んでいる旅路は半分を終えようとしていた。

 山の中だった光景は、草原へと姿を変えており出現する生き物の種類も変貌していく。


 アドラ達の声援を受けながら、クリスティアンが戦っているのは狼の化け物。額に三つ目の瞳を持つその狼は、草原狼プラドバと呼ばれるこの辺では一般的な獣であった。

 数匹で群れをつくり狩りをする草原狼プラドバは個の強さよりもその連携が厄介な相手である。


 クリスティアンが戦っている群れは三匹構成で、群れとしては最小クラス。それでも一匹が囮となってもう一匹が攻撃してきたり、二匹で無理やり作り上げた隙を三匹目が容赦なく狙ってくるなど厄介な攻撃を繰りだしてくる。


 彼が一歩下がったのを好機と見た草原狼プラドバは三匹で一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 牙と爪の連携攻撃が迫るなか、あえて、彼は前に足を踏み出す。


 びびった敵がさらに下がると予想していた草原狼プラドバは狂った距離感に合わせることが出来ない。

 その隙をクリスティアンは見逃さず、飛び出しするどい牙で噛み付こうとしていたリーダー格の一匹の懐にしゃがみ込んで入り込み、杖でその心臓を強く突き上げた。


 歪む草原狼プラドバの顔。攻撃の手をゆるめずに、彼はリーダー格の後ろ脚を片手で掴むと、片方の草原狼プラドバの横腹へ投げつける。


 絡み合い動けなくなる二匹に意識だけは向けておきながら、混乱している残りの一匹が調子を取り戻す前に、脳天を思いっきり杖で突いた。


 そして、


「ごめんね」


 気絶したリーダーが邪魔で動けなくなっていた最後の一匹へ、杖を振り下ろす。


「……ふぅ…………、みんなもうだいじょゴッ!?」


 一息ついて振り返った彼の眉間に、固そうな石がぶち当たる。


「~~~~~~~ッッ!?」


「何を気ぃ抜いてんだ。もしまだ敵が隠れていたらいま死んでたぞ」


「だからって石を投げなくても良いだろう!?」


「痛くねえように手加減したじゃねえか」


 手際よく草原狼プラドバの皮を捌き始めた彼女に、これ以上文句を言ってもむしろ怒らせるだけかとため息をつく。

 確かに、彼女が言うことに一理がないわけでもないため。あまり強く言えないクリスティアンであった。それはそれで納得いかないところはあるのだが。


「おー、アドラ、アドラ」


「あ? ああ、ほれ」


「おー」


 最近、モニカがアドラによくなついている。特に、料理中や今のように獲物を捌いているときには必ずと言って良いほど近づいては教えを請おうとする。


 アドラからしても悪い気はしないのか、それとも旅の連れとしてそういった技術を持つものが増えるのは歓迎なのか。モニカを邪魔扱いせず、口調こそ荒いが丁寧に教えてあげていた。


草原狼プラドバの皮は使い勝手が良い、家具にも服にも防具にもいろんなものに使われるからな。傷つけるんじゃねえぞ」


「おー、おにくは?」


「普通」


「ざんねん」


 城の中では刃物を触ったことすらなかった彼女である。始めこそ捌いた皮はぼろぼろで使いものにならないようなものであったが、それでもアドラは怒鳴ることはなく、根気よく彼女に何度もさせてあげていた。最近は、売りに出したら多少値引きはされるだろうな、レベルにまで到達しようとしている。


 小さな彼女に生き物を捌くという行動は大変で、汗をたらしながらそれでも必死に夢中で捌いていく。


 山の中での一件以来、クリスティアンに魔法を教えてほしいと言ってくることもあり、彼女の中でなにかが変わっていきつつあるようだ。

 そのことが、父として誇らしく、そして少し怖いクリスティアンであった。


「……できた」


「よし」


「モニカちゃん! すごいや、とっても上手になったね!」


「おー」


「あと三十匹くらい捌きゃ形にはなりそうだな」


「……てきびしい」


「ったりまえだろうが、金になるものだぞ」


「おー」


 皮や牙など売り物になれるものは回収し、肉は今日食べきれる分だけ残してあとは自然に返していく。

 血の匂いを嗅ぎつけて生き物が集まる気配がしているので、すぐに還るだろう。


「行くぞ、日が暮れる前にもう少しだけ進んでおきたい」


 一番重い荷物を背負っているにも関わらず、一番軽々と背負ったアドラ先導のもと一同は街を目指していく。



 ※※※



「お前の認識阻害だけど、どのくらい効果があるんだ」


「そうだね……」


 見晴らしのよう小川の傍で彼らは火を焚いていた。草原狼プラドバの肉や保存食でつくったシチューをたらふく食べた子供たちはすでに夢の中。


「彼女、賢者のディアナさん……だっけ? レベルに出会ったら、すぐに魔法がかかっているのがバレるだろうね」


「アレを引き合いに出されてもな……、今一ピンと来ねえ」


「うぅん……、それこそ前線で戦い続けているような魔法使いでもない限りは大丈夫、だとは思う。疑問を持たれて時間をかけて見られたら看破されてしまうだろうけど」


「へえ」


「どうかしたのかい?」


「随分と自信ありげに言うな、ってな」


「ああ。元々、攻撃系より補助とか防御魔法のほうが得意なんだよ、私は」


「なるほどね」


「ところで、アドラは眠りの丘へ行ったことはあるのかい?」


「あるわけねえだろ、山賊だぞ」


「夜が来ないと言われているけれど、実際にはどういうことなんだろうか」


「さて、どぎつい明りの魔法でもかかってんじゃねえのか? 行きゃ分かる。んじゃ、先に寝るぞ」


「うん、おやすみなさい」


「おやすみ」


 息子の横でアドラは毛布に包まり眠りに落ちる。

 パチパチと音を立てる火を見つめながら、必ずなにかを見つけて見せると、アドラに聞かせれば漠然としすぎだと怒られる気持ちを固めるクリスティアンであった。

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