第50話


「おぉい! 戻ったぞォ! 留守の間なにもなかったかァ!!」


「おやじぃぃいい!」

「おかえり! おかえりぃぃぃぃ!」

「助かった! 助かったよぉ……!」


「……なにがあった?」


 村の入り口で、泣きじゃくりながら抱き着いてくる多数の部下に、困惑し、そう言うしか出来ないハコブであった。



 ※※※



「がっはっは! そういうことか! いや、部下を扱いてもらったようで悪いな! 感謝するぜ!!」


 泣きながら抱き着いて離そうとしない部下たちを押しのけて屋敷へと戻ってきたハコブは、彼が居なかった二十日間の内容を確認し、大笑いした。


「てか、甘やかしすぎじゃねえか?」


「面目ない……、いや、どうにもこうにも……」


「昔からお前はそういうところ苦手ってのは知ってたけどよ、それじゃ守るもんも守れねえだろうが」


「……ごもっとも…………」


「ま、まあまあアドラもその辺で。ハコブさんも帰って来たばかりで疲れているんだから」


「……、あたしがでしゃばる内容でもないわな。悪いな、いらねえこと言った」


「そんなことはねえよ。でも、兄ちゃんもありがとうな」


「いえ。……ところで」


「ああ、こいつを見てくれ」


 彼が広げたのは一枚の地図。

 この周辺のことが記載された地図ではあるが、縮尺の関係でそれほど細かくは書かれていない。


「この村は山裾のここだろ? ンで、眠らずの丘が」


 すぅ、っとぶとい指が地図を北上していく。


「ここ」


 縮尺の荒い地図でもはっきりと分かるように名称が書かれたそこは、確かに見た目は何の変哲もない丘であった。

 そして、その丘を中央に置く形で、周囲をぐるっと街が囲っている。


「眠らずの丘の周りに出来た街『ラジュルタン』だ」


「塀は」


「高さ五メートルの岩の塀。当然、見張り塔もいくつかある、昇るのは無理だな」


「出入口は」


「東西南北に計四か所。全部でしっかり身元のチェックがされることになっている」


「で?」


「西の門番は良いやつだ」


 にぃ、と悪い笑みを浮かべたハコブに、アドラも邪悪な笑みを返す。


「兄ちゃん、認識阻害の魔法は?」


「多少ですが」


「なら、街中じゃ常に使っておけよ。アドラは微妙だが、レオ坊主の顔は売れている可能性がめちゃくちゃ高ぇ」


「分かりました」


「街までは俺の足なら五日。お前らなら、六、七日ってとこか? 食料とか足りるか」


「明日にでも山んなかで捕ってくるよ」


「はは、そいつは良い。ついでにうちの分も頼む」


「手伝いぐらいよこせよ」


「勿論だ!」


 次の日、朝一から山に入ったアドラとハコブの部下数名は、普段なら危険で狩らないような獣までアドラの協力のもと狩りを行い、得た肉や魚、果物を日持ちするよう加工を行った。

 そして、ハコブが帰ってきた日から数えて四日後の朝。


「随分と世話になっちまったな」


「本当にありがとうございました」


「みんなー、待たねー!」


「おー」


 村総出で、彼らの旅路を見送ることになり村の入り口はパンク状態になってしまっていた。


「そりゃこっちの台詞だ。道中色々あるだろうが、気を付けてな」


「坊主もまた来いよ!」

「アドラの姉御! 俺等、それまでにもっともっと強くなってみせまさぁ!」

「ひょろ兄ちゃんも、娘っ子も元気で! 特に、変なもの食うなよ、娘っ子!」


「ひょろ兄ちゃん……」


 すっかり定着してしまった不本意なあだ名にクリスティアンが落ち込みながらも、四人と一匹は意気揚々と、


「いやいやいや」


「ぐま?」


「お前を連れては行けねえぞ、ベリー」


「ぐま!?」


 ナチュラルに付いてこようとしていたベリーに、アドラがストップをかける。


「ええ!? ど、どうしてなのママ!」


「うぅん……、あのね? ベリーは大きすぎるし、なにより緑王熊ベルレォッサを連れていることなんてどれだけ目立つか分かったものじゃないからよ」


「ちゃんと隠れるように言うから! ね、ベリー!」


「ぐま、ぐっま!」


 抱き合い、キラキラした瞳で見てくる少年と熊のコンビというのはなかなか珍しいものがある。


「だけど、確かにベリーの戦闘力は一緒に居ると心強いものもあるんじゃないかな?」


「おじさん! そ、そうだよママ! ベリーが居れば僕もモニカちゃんも安全だよ!」


「ぐま!」


 今度は力こぶを作って見せるベリー。なんとも器用な熊である。


「それは分かるんだけど…………」


「おー、アドラ。なにかもんだいある? モニカもベリーすき」


「餌がな」


「……確かに」


「あー」


「おー」


「ぐまぁ」


 緑王熊ベルレォッサはその体格を維持するためによく食べる。この山の中に居れば餌となる獲物も豊富なため困ることはないだろうが、今後一緒に行動するとなると話は変わってくる。

 彼の命を維持するための食糧を保持し続けるとなると、それこそどれだけの金があっても足らないのだ。

 かといって、人里に近づけば近づくほど獲物の数も減っていくことは明白であり、自力で狩りをするというのにもどこかで限界がくる。


「そんなぁ……、せっかくまた会えたのに……」


「ぐま、ぐまぁ……」


「ママだって、ベリーの強さを考えたら連れていきたいのは山々なんだけどね」


「あ! そうだ、騎獣札! 騎獣札はどうかな!」


「……あー、その手があったか」


「騎獣札?」


「おー?」


「ぐま?」


 クリスティアンが名案とばかしにあげた名称に、ちびっ子二人とベリーが揃って首をかしげる。


「騎獣札というのは、魔道具の一種でね。馬なんかの騎獣に張り付けることで身体が小さく、さらには時間が止まるんだよ」


「ベリー死んじゃうの?」


「いや、札を外せばまた元通りだ。ベリーには少し悪いけど、普段は札を張って小さい状態になっていてもらって、なにかある時とか、それこそ今みたいに山の中で一目に付かないときは外して一緒に行動すれば良い」


「ベリー、それでも良い? 札を張っていると動けなくなっちゃうみたいだけど」


「ぐまァ!」


「うぎゃぁぁぁ!」


 べろんべろんとクリスティアンを舐めまわしているので、きっと喜んでいるのだろう。彼からすれば襲われているようにしか感じず溜まったものではないだろうが。


「んじゃ、今回はここで留守番していてもらって、街で騎獣札を探すか。そこそこでけえ街みたいだし簡単に置いてあるだろ」


「うん! ベリー! 少しだけここで待っててね! すぐ戻ってくるから!」


「ぐまァ!!」


「その、その前に助けてぇぇ」


 涎塗れになっていくクリスティアンを、勿論娘のモニカが助けることはなく、物珍しそうに観察し続けるのであった。


「おー」


「モニカァァァ!」

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