第Ⅱ章 眠らずの丘と女神の奇跡

侵入は計画的に

第49話


「やる気あんのかてめぇらァ!! ぶっ殺すぞぼけェ!!」


「ひぎぃ! ふぎ、ふごぉぉ!」

「死ぬ、もう死にゅ……!」

「……いっそ、殺してくれ…………」


「遅ぇ、死ね!!」


「「「ごぎゃぁぁ!!」」」


 村を囲む塀のすぐ傍で、複数の村人たちが空を舞う。

 別に、遂にヒト族が新たな進化を遂げたわけではない。単純に殴り飛ばされたのだ、アドラに。


 重力に逆らい続けることは出来ずに、弧を描くように地に落ちる彼らは皆一様にぼろぼろであり、数日前に鬼蜘蛛オグリージャと戦ったあとよりはるかに憔悴していた。


「……ぉ、……おぉ……!」

「も、いや……」

「お、やじ……、かえって、きゲフォ!?」


 ぷるぷると痙攣する彼らに無慈悲に残酷に、そして平等にアドラは蹴りをぶち込んでいく。


「何寝てんだゴラァ……、戦場で寝てたら誰か助けてくれるとでも思ってんのかボケェ!! 敵が攻撃ヤメテくれると思ってんのか死ねやァ!!」


 人体を破壊していく音が止むことはない。なにより恐ろしいのは、限界ギリギリを把握してどこまでの威力であればただ痛いで済むかを理解し、そのギリギリラインの暴力を振るい続けられるということであった。

 いっそのこと、大怪我でもすればこの地獄から抜けられるのだろうが、泣きたいことに一晩寝れば次の日には全身が痛みこそすれ動くことが出来る程度には回復してしまっていたのだ。


「そもそも強くなりてぇとか寝ぼけたこと言ったのはてめぇらだろうが……、死ぬ気も覚悟もねえ屑が強くなれると思うなァ!!」


 鬼蜘蛛オグリージャとの戦いのあと、ハコブの村の若手衆の数人がアドラに教えを請うたのだ。

 強くなりたい、と。

 今回の件で自分たちがどれだけ役立たずか痛いほど感じた彼らは、少しでも仲間のためになりたいと必死で頭を下げた。


 すでにそのことを後悔している。


 すでに四日目に突入している地獄に、彼らはどうして後悔という文字が後で悔やむことと書くか。どうして先に出来ないのかと、今後の自分の発言には十分に気を付けようと固く心に誓っていた。


 そして、


「てめぇもだ! なにチンタラ走ってんだ、ぶん殴るぞ!!」


「ちょ、……待ッ、はぁ! がはッ、そ、そんなこ、げふぉ!」


 村人たちと少し離れた場所で、死人のような顔色で走り続けている男が一人。クリスティアンであった。

 リンチという名の実践指導を受けていた村人とは異なり、アドラが無理やりクリスティアンに課したのはただ走れ、という命令だった。


 まあ。

 時折休憩を挟んではくれるものの、朝から晩まで延々走らされ続けるわ。あまつさえ彼は今中身がパンパンに詰められた土嚢を二つも背負って走らさせられている。


「何を置いてもまずは体力だ。しかもてめぇは最悪の時はモニカを抱きかかえて走らなきゃならねぇんだろうが」


 そう言われてしまえば彼に反論の余地はなかった。

 一応、初日と二日目は土嚢なし。三日目は土嚢一つ。と段階を踏んでくれていることだけは優しさがあるのかもしれない。


 勿論、少しでも無意識でサボろうとしたりスピードをゆるめたりすると背後から迫ってきたアドラにボコボコにされるというサポートがついていたりするのだが。


 そして、

 実はあと二人。訓練を行っている者たちが居た。


 レオとモニカだ。


 モニカのほうは、父親同様ひたすらに走らさせられている。もっとも、地獄ダッシュのクリスティアンとは異なり彼女のは健康的なランニングと評されるようなものであり、彼女の限界が近づけば即座にアドラが中止させ、水分補給と体力回復を取らさせている。


 レオのほうは……。


「やぁぁあああ!!」


「ぐま」


「いやぁああ!」


「ぐま」


「りゃぁあああ!!」


「ぐまっま」


 木刀を装備して、緑王熊ベルレォッサと組手を行っていた。

 この緑王熊ベルレォッサは、当然ベリーなのであるが、レオが目を覚ました次の日にたくさんの果物を抱えてハコブの村へと戻ってきた。


 慌てふためく村人たちに、邪魔をするならぶち殺すぞ。と瞳で語ったベリーは堂々と村の中へ入っていき、レオと再会したのだ。

 彼を見たアドラがやっぱりこいつだったかとつぶやいて、それを聞いたクリスティアンがとうとう、君は本当に何者なんだい!? と叫んだのは置いておくとしよう。


 それからというもの、ベリーは夜になると山に戻るのだが、また朝になるとやって来てレオの傍を離れようとしない。

 レオが元気になった昨日からは、ずっと二人で組手を行い続けていた。とはいえ、レオは本気でベリーを倒そうとしており、それをベリーがおままごとのようにいなすというのが続いているのだが。


 レオにしても、モニカにしても。

 アドラはやれ、とは言っていない。むしろ彼女からすればさせたくないという気持ちのほうが強いのだが。彼らが山で経験したことを聞いてしまった以上、それを止めることも出来ずにいた。


「レオ」


「やぁ!! はぁ、はぁ……! ど、どうしたの、ママ」


「ちょっとこっちに来なさい」


「うん」


 呼吸を整えながら、少し不安そうな顔で近づいてくる息子を彼女は、


「レオもう天才ぃぃぃぃぃ」


「うやぁぁぁぁ」


 力いっぱい抱きしめて、頬ずりをかました。


「ああ、もうレオったら最高、かっこいい! もう練習なんか必要ないんじゃないかな! ああ、もうかっこいいんだからぁぁぁ!」


「うやぁぁぁぁぁ」


 摩擦熱が発生しだすほどの高速頬擦りにレオが悲鳴を上げていく。


「うぉぉぃ!? なんだその贔屓は!!」

「ふざけんなよクソババア!」

「俺等にもそのやさしさ少しは分けろよぼけぇ!」


「あ?」


「すいませんでした」

「こいつがクソババアって言えって言いました」

「ふざけんな! ンなわけねぇだろ!?」


「くだらねえこと言っている暇あったら筋トレでもしろやァ!!」


「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 この地獄の訓練が開始されて一番の被害者である三馬鹿は、本日七度目の空中飛行を経験するのであった。

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