第44話


「モニカが逃げ出して、それを追いかけて……、そう、ですか……」


「ああ、村のもんに聞いた話だから間違いねえはずだ。そのあと、なにがあったかは分かねえが、怪我をしたあのガキを緑王熊ベルレォッサ咥えて連れてきたらしい」


緑王熊ベルレォッサが!? ど、どういうことですかそれは!?」


「分からねえ……、お前さんの娘さんも緑王熊ベルレォッサの背に乗って帰ってきたらしいが、村のもんがあのガキを抱きかかえた途端に倒れるように眠ったらしい」


「…………」


緑王熊ベルレォッサはそのあと大人しく山の中に戻っていったみたいだが、正直なにがなんだか分からねえ……」


「……そう、ですか」


 村の中央にある広場で轟々と燃える火の傍で、彼ら二人は話し合いを続けていた。本音を言えばお互いさきほどの戦いで怪我を負っていたし体力も消費している。いますぐにでも寝てしまいたいが、それを立場が許さない。

 お互いの情報共有も兼ねての話し合いは続いていた。当初は屋敷で行われるはずだったのだが、そこでは現在レオの治療が行われているため、簡単に言ってしまえば追い出されてしまっていた。


「それと……」


 クリスティアンは不安そうに、中央で燃える火を挟んで反対側に視線を送る。


「彼女、どうしたら良いのでしょう……」


「そっちのほうも、むしろそっちほうがさっぱり分からねえ……」


 彼らの視線の先には、んごぉぉぉおお!! と怒りの咆哮をあげるアドラの姿。猿轡をされ、頑丈な鎖でぐるぐる巻きにされてもなお力づくでその拘束を解こうとする……なんだろう、化け物かな。の姿があった。


「レオくんは……」


「ああ、もう峠は越えた。薬も効いてきているみたいだし、数日休めば問題ない。後遺症もおそらくだけどねえはずだってよ」


「……それで、大人しくなりますかねぇ」


「賭けるか?」


「命をですか」


「はは、笑えねえ……」


 ふごぉぉぉおおお!! と吠える化け物に、男二人はこのあとの彼女の説得を想像して重いため息をつくのであった。



 ※※※



「で、すから……、もうレオくんは問題ないということでして」


「ただ安静にするべきだと思うわけなわけで、あの、だから、だな……」


「まあ? 我を忘れて暴れてしまった手前申し訳ないと思うところはあるわけだけどよぉ……?」


「「はい」」


「鎖はねぇだろ阿保かボケぇ!! 化け物かあたしは!!」


 しっかりとレオが大丈夫であることを何度も何度も説明したあと、彼女の鎖をほどいた彼ら二人であったが、とりあえずでボコボコにされたあと、広場で正座をさせられていた。


「大して変わらねえと思」


「なんか言ったか、ハコブ」


「滅相も御座いません」


 こんな情けない親父の姿見てられねえ!! と、三馬鹿の連中がさきほど泣きながらどこかへ走っていったが、それは置いておくとしよう。


「はぁ……、それで元々は逃げたモニカを追いかけたとか言ってたな。どうしてモニカが逃げるんだよ」


「お嬢ちゃん本人もまだ目を覚まさねぇからなんとも言えねえ。ただ、うちのもんがなにかをしたわけじゃねえ、それだけは俺が絶対だと保証する」


「そこは疑ってねえよ」


 帽子が取れて魔族であることが分かったとすれば、モニカが逃げるには十分な理由だが、そうすればいま村の連中の態度がもっとおかしなものになるはず。少なくとも今は、あたしに対する恐怖しかねえからな。

 と、だからこその理由が分からずアドラは悔しそうに髪をかきむしる。


 彼女への恐怖があることも大分に問題だとは思うが、残念なことにそこにツッコミを入れる命知らずは世界広しといえどディアナくらいのものである。


「ンでもって緑王熊ベルレォッサねぇ……」


「なにか心当たりでもあるのかい?」


「ゼロじゃねえが……、まあ、ほぼゼロだな」


「うん?」


「こっちの話だ、気にするな」


 首をかしげるクリスティアンに、なんでもないと手をひらひら降りこの話も終わらせる。


「それで、母蜘蛛の話はこいつから聞いたんだよな」


「ああ、聞いた。……ありがとうな、これで村は救われる」


「交換条件、忘れるなよ」


「勿論だ。坊主が元気になり次第すぐ眠らずの丘に入れるように働きかけておくさ」


 髭もじゃの顔でにぃ! と笑顔を見せるハコブに、似合わないぞと捨て台詞を吐いて、彼女は屋敷へと向かっていく。

 息子の傍で寝る。文句ねえな? と文句があったら通るのでしょうかとそんな質問すら許されない圧を醸し出しながら、彼女は歩いていってしまった。


「昔から」


「あん?」


 そんな彼女の後姿を見送りながら、ぽつりとクリスティアンは言葉を漏らす。


「昔から、彼女は子どもが好きだったんですか?」


「あー? あー……、いや? むしろガキは嫌いだったはずだな。子どもも産む気はさらさらねえと言ってたぐらいだし」


「……今の姿を見ると意外ですね」


「案外、そういう奴ほど子煩悩になるってよく言うがな」


 がっはっは! と本人が居ないことを良いことにハコブは思いっきり笑い出す。


「とはいえ、……、俺も坊主の父親が誰かは知らねえんだけどな」


「え? 昔の仲間とかではないんですか」


「さぁな……、九年前だろう? その時には俺とあいつはもう全然別の場所で仕事してたからな……、風の噂であいつが子どもを産んだと聞いた時は目の玉落っことすかと思ったほどだぜ」


「そうでしたか……」


「まあ! 少なくとも今は居ねえんだ! だからこそ、頑張れよ、兄ちゃん!」


「ぁ、痛っったい!?」


 ばしぃ!! と強めに背中を叩かれて思わず倒れそうになってしまう。


「あいつ、口も悪いし手も早いけどよ、情に厚いところがあって、なにより良い女だ、兄ちゃんの見る目は正しいぜ!」


「ええ、ともしかしなくても私が彼女に男女的な意味で惚れていると思ってはいませんか?」


「そうなんだろう?」


「違いますよ」


「がっはっは! そういうことにしておいてやるか!!」


「ああ……、これどう否定しても聞いてくれないやつですね……」


 がっくりと肩を落とすクリスティアンの姿に、余計にハコブは大きく笑いまくるのであった。

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